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「二人ともまだ泣いてんのかよ」
鼻をすすりながら振り向くと三浦くんが呆れた顔をして腰に手を当てていた。
彼の背後から顔を覗かせた森くんが、本当だ、と眉を下げて笑う。
「そんなに泣いたら水分なくなっちゃうよ。黒板前空いたから今のうち写真撮りにいこう」
「やだ」
鼻声で即答したのは千秋ちゃんだ。三浦くんが苦々しく返す。
「化粧がぼろぼろだからとか言うなよ。ったく、泣くってわかってるのにどうしてそんなもんしてくるかな」
「だって写真撮るでしょ……」
「そのためにしてきたなら落ちるほど泣くなよ」
「仕方ないじゃん、出るものは! 大体自分だってさっきまで泣いてたの知ってるんだからね!」
「べ、別に俺は……泣いてなんか……」
口ごもる三浦くんの眼鏡の奥は赤い。隣で苦笑いを浮かべている森くんの瞳にもまだ光るものがあった。
予行演習ではきちんと歌えていた蛍の光もいざ本番なると涙が溢れるばかりでまともに歌うことなどできなかった。
卒業式を終えて教室に戻ってきてもほとんどの生徒の目は赤く、いたるところですすり泣く声が響いていた。
中にはふざけたりして笑い合う男子もいたが、そんな彼らも礼装の氷泉先生から祝福の言葉を贈られると一人二人と目元を拭い出して、最後のHRが終わるころには全員が涙で頬を濡らしていた。
目尻にしみるような痛みを感じながら室内を見渡す。
日射しが反射した机、学級委員の手書きの時間割表、一部分が白くくすんでいる黒板、白衣の氷泉先生が立っていった教壇。窓越しの江ノ島と海。
二年間、毎日のように過ごしていたこの教室にもう二度と帰ってくることはないと思うと一旦は引きかけた涙がまたこみ上げてくる。
門出を祝うように胸に咲いた胡蝶蘭とは裏腹に胸は寂しさでいっぱいだ。嬉しいとか晴れやかとか、そんな前向きな感情はまだ手にすることができずにいた。
卒業おめでとう。先生によって書かれた黒板の文字をぼんやり眺めていたら、数人の女子が集まってきた。近くの男子に携帯を手渡してから卒業証書を胸に一列に並ぶ。
HRが終わった直後はしんみりとした空気が流れていたけれど、今では卒業アルバムにメッセージを書いたり記念撮影をしたりと教室内は賑やかな声で溢れ返っていた。
あれ、と森くんがこぼした。
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