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「美香がいない……」
「夏目なら部活の後輩に呼び出されてるんじゃないか」
「美香ならさっき矢口くんと出ていったよ」
千秋ちゃんの発言に彼は驚いたように振り返った。
「それ、どういう……」
「どうもこうも一つしかないじゃん。卒業式の後に呼び出すっていうのは」
ふふっと含み笑いをする。
察したように三浦くんが目を細めた。
「なるほどな。青春だなあ」
楽しげな二人とは対照的に森くんはどこか神妙な顔をして俯いている。
「森くん?」
「え、何?」
「なんだか上の空だから……」
「そんなことないよ、それより写真、」
言いかけたところへ美香ちゃんが帰ってきた。既に涙は乾いていつものからっとした表情だ。
「美香ちゃん。皆で写真撮ろうって話してたんだよ」
「うん……って雪乃まだ泣いてたの? この後打ち上げあるってのにそれ以上泣いたら腫れ引かなくなっちゃうわよ」
「美香」
「何……あ、春人、あんた目擦ったでしょう。赤くなるからよせって言ってんのに」
「擦ってない。それより……矢口……」
言いにくそうに口ごもる姿に勘付いたのか彼女はふっと微笑んで小首を傾げた。
「なーに。気になるの?」
「別に……そういうわけじゃないけど……」
「ふうん。あたしからは言えないから後で矢口に聞いたら。一緒に帰ってきてないんだからわかりそうなもんだけど」
それまで目を輝かせていた三浦くんと千秋ちゃんの二人が途端に表情を渋くさせた。
彼らにつられて室内を見渡す。矢口くんの姿はない。
「……そう」
「安心した?」
「別にしてない。なんでするんだよ」
「ほっとしたように見えるんだけど」
「してないって言ってるだろ。それより写真。写真撮ろう。あ、黒板前空きそう」
卒業証書を手に焦ったように森くんは前方へ向かった。
肩透かしを食らったような顔をする美香ちゃんの傍らで、三浦くんと千秋ちゃんが再び目を輝かせて顔を見合わせた。
クラスの皆とひととおり記念撮影をした後は学校を後にするのが惜しくていつものように教室の隅でお喋りをしていた。
美香ちゃんの二つ隣には矢口くんが座っている。初めこそ気まずそうだったものの彼女の普段と変わらない態度に徐々に笑顔を見せるようになっていた。
ちらと掛時計を見る。雪乃、と美香ちゃんが肘で突いてきた。
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