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「行きたいところがあるなら行ってくれば?」
「え……ううん、そういうわけじゃ……」
「さっきから時間気にしてるじゃない。さっさと行ってきなさいよ」
咄嗟の嘘はあっさりはね返される。
それでも躊躇していたら再び促されて、迷った末に私は思い切って頷いた。
「すぐ戻ってくるから……わ、忘れ物、とってくるだけだし」
「忘れ物ね。まあ何でもいいけど。いってらっしゃい。どうぞごゆっくり」
「一人占めしないでちゃんと連れてきてね、ひー先生。さっき一緒に撮った写真、千秋の映りイマイチだったから撮り直したいんだ」
そうね、と相槌を打ちかけた美香ちゃんがものすごい勢いで振り返った。
自慢げな顔をして千秋ちゃんは胸を張る。
「バカにしないでよね。美香も三浦くんも森くんもみーんな知ってたことだってとっくに気づいてたもん」
「ええっ」
石像のように固まった私の傍で、森くんが驚いた顔で美香ちゃんと三浦くんの二人を見た。
「二人ともそうなの? 」
「あー……いや、まあな」
「全然気づかなかった……。でも二人とも鋭いから当然といえば当然か……」
「まあ、鋭いっていうか……み、見てたらわかるよな」
なあ夏目、と引きつった笑みで振られて「まあね」と彼女は簡単に受け流したが、膝を組み直す仕草はどこかぎこちない。
美香、と森くんが訝しげに眉をひそめた。
「……何よ」
「なんか様子が変」
「そんなことないわよ」
「あ、視線逸らした。やっぱ変」
「別に見つめ合う必要なんてないでしょ」
追及を交わす美香ちゃんの隣で当人の私といえば皆が知っていたという事実に頭が真っ白になってしまって未だに口がきけずにいた。
先生のことは隠していたつもりなのに気づかれていたなんてーー。
呆然と立ち尽くしていたら、あの……、と矢口くんが恐る恐る手を上げた。
「皆……何の話してるの?」
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