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「寒くなったなぁ」
砂浜に続く階段で、温めるように両手に息を吐いた。
隣に座っていた先生はジャケットを脱ぐとそれを私の肩にかけ、少し呆れたように言った。
「だからもっと着たらって言ったのに」
「出るときはそんなに寒くなかったから……」
「それで風邪ひいたらどうするの」
風で揺れた前髪の下で困ったように笑う。
それは私の大好きな表情の一つだ。
「昔はよくこの辺りを手を繋いで歩きましたね」
「うん」
「先生の手は温かいから冬は重宝しました」
ははっと笑った彼の目尻にしわが生まれる。それは初めて目にしたときよりわずかに深くなった。
「人の手をカイロみたいに言うな。雪乃はどうしてそんなに冷えてるかな」
「心が温かいからかなぁ」
おどけて答えると、彼はふっとまた吹き出した。
それから、正面から吹いてきた海風に目を細めた。
「本当に冷え込んできた。そろそろ帰ろうか」
「うん」
じっと私を見つめた彼は、ちょっと照れくさそうに視線を逸らした。それから無言でこちらへ手を差しだす。
あ、と気がついてジャケットに手をかけようとしたら、
「違う。それは着てていい」
「じゃあ……あ、さっき買った飴?」
「違うよ。……手」
ちょっと拗ねたような口振りでさらにずいと手を伸ばしてきた。
私はちょっと困ってしまって目線を落とした。
「なんで出さないの」
「だって……久しぶりだから、ちょっと照れくさくて……」
隣同士で手を繋ぐことは少なくなっていた。
「……待ってるこっちも恥ずかしいんだけど。それに早くしないと、」
そこまで言いかけたときだった。
私の手と彼の手が突然掴まれた。
「……ほら、ね」
困ったような、愛おしそうな。目尻を下げる彼に私はまた吹き出した。
笑いながら身を屈める。
真ん中で私と先生を見上げた彼はあどけない笑顔で言った。
「僕が真ん中歩くの!」
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