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ーーいた。彼女の髪は一片の汚れもない黒い色をしていて、それは真っ直ぐ、しかし控え目に肩に触れている。
うつむいている時はメガネをかけていることから真面目そうに見えるが、ふと顔を上げれば、眉毛あたりで一直線に切りそろえられた前髪が、あどけなさの残る鼻と唇と相まって可愛らしい。
僕は胸が張り裂けそうになる心持ちだった。いてもたってもいられない、だけど僕に声をかける勇気はない。……目の前にいるのに、どうしようもない。
僕が本をめくるのを忘れて彼女を見つめていると、彼女の後方にいたらしい、受付のおばあさんに睨まれた。
僕はすぐさま本に目を向け、狂ったような勢いでページをめくった。
これはやはり恋だ。ページをめくりながら、僕は確信した。駅前ですれ違ったバカップルのような、不純な恋ではない。もっと純粋で運命的で、ファンタスティックな恋なのだ。
だけどどうやって、彼女にこのことを伝えればいいのだろうか。僕は受付のおばあさんが受付の仕事をしているのを見計らって、彼女に視線を戻した。
彼女は大きくて丸い潤った瞳をさらに大きく見開くと、その瞳に幾千もの星を輝かせた。その瞳は女神の住む湖の、水面の光景を思わせるほどに麗しい。
瞳を輝かせたと思ったら、今度は呆然として口を開けたまま動かない。本をめくる指だけは、器用に動いているけれど。
彼女はそうやって、実に楽しそうに読書を嗜む。
読書をしない僕には、彼女がいったいどんな物語を読み解いているのかは分からない。
このとき、僕はほんのちょっぴり、本に興味を持った。
もしかしたら、もっと彼女のことを知ることができるかもしれない。彼女のことを知れば、ひょっとするとこのファンタスティックな恋心を伝えることも叶うのでは? 僕はそんな淡い期待を抱いて、手に取っていた本に目を向けた。百二十五ページ……。僕は一ページまでさかのぼり、その物語を読み解いてみることにした。
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