第一章 「変化する始まり」

6/16
前へ
/21ページ
次へ
 体育は苦手だ。運動は上手い方ではないし、根本的に動くことが嫌いなのだ。教師の目を盗んでは、ひたすらサボっていた。  今日の種目は跳び箱だ。こういう個人競技はありがたい。サボるのが非常に楽だ。さっそく壁に寄りかかって、床に座り込んだ。  そんなとき、奴は俺の安らぎを奪ってきた。 「あれ、カイトくんやらないの?」 やりません。  ここ数日でわかったのは、奴は運動好きでとても得意だということだ。一緒にやろうと引き込まれかねない。それを想像しただけで溜め息が出てきそうだ。 「…体育は嫌いなんだ」 「何で?数学とかより良くない?」 「いや…、良くないよ…」  首をかしげる奴は、無垢な顔で爆弾を投下してきた。 「もしかして、運動苦手?」 「っ!」 「あ、図星ー」 けらけらと笑う奴に見られないように顔をうつむかせたのは、顔が赤面していたからだ。自分の出来ないものを知られるのは、どうにも恥ずかしくてならない。  俺がそんな抵抗をしていると、奴は俺に手を差し出してきた。 「教えようか。出来たら楽しいよ」 奴はそう言って笑う。 「…いや、俺はいい…」 「いいからいいから!さっきのお礼!」 さっきというのは、きっと現国の問題を教えたことだろう。  全くやる気の無かった俺の声は見事に聞き届けられずに、奴は俺の手を捕まえて引っ張った。思ったより強い力に、抵抗する余地もなく跳び箱の前に出されることになった。  女子の群がる一番低いところに連れていかれなかったのは、不幸中の幸いだったのだが。  「ええと、まず一回飛んでみようか。僕は横から見てるね」 そう言って俺を残し、奴は跳び箱の横まで走って行ってしまう。途端に心細くなったのは、奴には言わない。  「いいよー!」とでかい声で奴が言うもんだから、周りの生徒の視線が少し集まってしまって、怒りそうになってしまった。 「ほら早く!」 「…っさいな…」 奴には聞こえない声で悪態をつく。にこにこする奴はただ俺が跳ぶのを待っていた。さっさと終わらせようと、とりあえず跳ぶことにした。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加