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サーッと音を立てて体中の血が引いて行く。
この関係はいつまでも続くものではないと、分かっていたのに。
分かってはいた、けど……………。
『そろそろ、結婚のこと、考えてくれないか?』
それは、お見合いの日から初めて智志さんと会ったあの日、
会社の近くの居酒屋で智志さんとそう取り決めをした、
────もうこの付き合いを終わらそうっていう、
二人だけの合言葉。
確かあの時も、智志さんには『早めのほうがいい』って言われてたんだ。
それなのに、この友達関係が、想像以上に楽しくて。
つい、もっと智志さんと一緒にいたいな、なんて思い始めていた。
一緒に過ごす時間が増える度、
どんどん仲良くなったと思ったのに。
しかも、友達まで解消…………そうきたか。
そっかぁ。
智志さんはこの関係、本当は嫌だったのか。
玲央さんの言うとおり、私程度の女に智志さんの周りをうろつかれて、そりゃいい気はしないよね………。
……………何より智志さんは、ゲイ、なんだし。
「………千咲?」
突然黙り込んでしまった私を、智志さんが心配そうに覗き込む。
その優しげな表情も、今となってはただ私の心を傷つけるだけだ。
「…………あ、うん。なんでもない。
今日、帰ったら…………私もお母さんに電話しておく」
なるべく笑顔でそう返した。
だって、智志さんも笑顔だから。
「ありがとう」
そう言った智志さんの笑顔は今まで見た中で、一番嬉しそうで、満たされたような笑顔だった。
そんな笑顔で、
そんなに嬉しそうに、
智志さんは言うんだね。
────別れの言葉を。
その笑顔のまま、智志さんは私の頭を抱き寄せた。
───これも、最後のハグ。
───さよならの、ハグ。
智志さんの胸に顔を寄せ、深く鼻から息を吸って私の大好きなニオイスミレのようなあの爽やかで甘い香りを体中に取り込む。
もう、この香りとも…………さよならなんだ。
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