第一章 出会いの日

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 背後で風が揺らめく気配がした。振り向くと同時に半身になる。すぐ横をしなやかな腕が通り過ぎる。女性かと思う程に白く細い腕だが、か弱さはまるで感じない。見かけの筋肉ではなく、その内側から力を感じる。身固め・内丹と呼ばれる霊術。  普通、霊術と言うのは当たり前だが、術者の霊気によって発動する。身固めもまた、その例に漏れない。だが、その霊術にも意識的に発動するものと、無意識に発動するものとがある。  襲撃者が使った身固め・内丹は無意識に――というよりも、力は微弱ながら常日頃から発動されているものだった。だからこそ、その気配にはいつもすぐに気付く事が出来る。突然の攻撃が躱せるかどうかは別として。 ――今日は、運がいい。  最初の拳を躱した途端、続けざまに蹴りが飛んで来た。腕でガードしつつ後退。だが、それはほんの軽いジャブに過ぎない。次が来る前に下がる。  爽やかな笑顔が腕の合間から見えた。長い黒髪を頭の天辺で結んだ長身の青年だ。赤い法衣の袖がゆらりとはためく。  五鬼助(ごきじょ)義達――前鬼の里を仕切る鬼の一族の一人。義達がさっとしゃがむ。その背から飛び出してきたのは、同じく鬼の一族の一人、五鬼継(ごきつぐ)義継。こちらは義達とは対照的で剃り上げた丸い頭の青年だ。同じく、赤い法衣に身を包んでいる。飛び出すや否や、回し蹴りを見舞う。  不意を突かれて、晃は諸に蹴りを顔に喰らって派手に転び、隣の風呂場の床に背中を打ちつけた。身固めが無かったら大怪我をしていたかもしれない。身固めの発動にはほんの僅かのタイムラグも無い。身固めの発動は呼吸をするかのように自然と発動した。意識する必要すら無い。  ここでの修行で、身固めの術は血に、肉に、骨に、身体の隅々にと染み渡っている。ここにいる鬼の一族と同じ事が出来るようになった。それだけでも、ここで修行を積んだ甲斐はあった。
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