第一章 出会いの日

9/60
前へ
/418ページ
次へ
 白の頭巾に袈裟と法衣を着込んだ男が座禅を組んでいる。その周りには森の小動物や小鳥が集まり、肩や膝の上等を好き勝手に歩き回っている。自然の霊気と完全に同化していた晃の師――役小角はゆっくりと瞼を上げた。  長い白髪だが、その顔には皺ひとつない。年経た僧侶とした知的な面と若武者のような力強さを併せ持った独特の印象を人に与える。同時に彼から感じるのは、深い慈愛だった。そこらへんの宗教勧誘者には一生掛かっても出せそうにない、そこにいるだけで穏やかな心にさせるような非人間的な物を彼から感じるのだ。 鬼の顔を先端に彫り込んだ杖を手に取り、小角は立ち上がった。小動物達は身体から離れたが、逃げ出したりはしない。しかし、晃が近づくと彼らは怯えたように後退った。 「森に入る時は、己の気を同化させよと、私は教えたつもりだったが……、まだまだ、のようだな。晃」  口調はどこまでも穏やかだったが、心の奥底に足を踏みいれられたかのような錯覚を覚える。 「……いつお帰りに?」 「行者達が山を下りるのを確認してから、だな。彼らに私の事は言っていないな?」 「えぇ……、はい。でも、どうして隠す必要があったんです? 今までは別にそんな事も無かったのに」  小角は常に山で修行しているわけではなく、各地を転々としている事が多い。だが、今回は違った。修行しに来たと律儀に頼んで来たのは少年少女の二人に、年配の男が一人だった。修行には若い者が来る事も珍しくは無い。彼らに何か不審な点も見られなかった。  が、小角は彼らの姿を遠くから確認するや、避けるようにして山を下りた。
/418ページ

最初のコメントを投稿しよう!

71人が本棚に入れています
本棚に追加