第一章 出会いの日

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「犬を捨てに来たようだな……男だ――晃」 「……うちの宿坊はペット禁止なんじゃなかったでしたっけ? 助けてそれからどうするんです?」  問いかけに役小角はじっとその双眸を晃に向けた。固いその意志に、どうやら冗談は通じないらしい。晃は肩を竦めてみせた。 「分かりましたよ……、動物愛護団体が押し掛けて来ない内に、お灸をすえ――」 「いや、待て……もう一つ気配を感じる」  言うや否や、小角は立ち上がっていた。その足が地面を蹴り空高くへと飛び上がる。遅れて、晃もようやく察した。強力な邪気をその肌に感じる。空を仰ぐとどす黒い雲とも霞ともつかない物が、陰の界の“夜空”を浸食していた。  ただならぬ気配に、晃は不安よりも先に期待を感じていた。 ――こいつは飛びっきりの闇だ。  本能的に感じるアブナイ気配。彼が望んで止まなかった波乱がすぐ傍にある。ぞわりと、髪が風も無いのに浮き上がった。 「真義、私と共に人間の方へむかえ。あの男、恐らく殺される」  空気が揺らめいたかと思うと、空に浮かぶ小角の下で真義が現れて、跪き頭を垂れていた。小角の身体の内で霊力が急速に膨れ上がる。と、同時に法衣の色が黄梔子色(きくちなしいろ)に変化していた。梔子は夏に花を咲かせる木の事で、黄色の実は薬にも使われると言う。  犬だかをこの山に捨てにだかしに来た男の負の気、それに犬の負の気があの闇を呼び寄せているのだろう。 ――そんな奴をいちいち助けようだなんて。  小角の持つ力は強大でなおかつ、必要に応じて瞬時に“役柄”を変える事が出来るのが特徴だった。晃はその奥義を見よう見まねでどうにか会得しようと試み、どうにかその基礎たる部分は習得する事が出来た。  それが真義と戦っていた時に出したあの甲冑だった。姿を維持するのが精一杯でまともに技を繰り出せないが、晃には奥の手もある。
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