第一章 出会いの日

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「師匠……」一緒に連れて行ってくれないかと頼むつもりだった。恐らくは無理だろう。今、ちらりとだが表情を読まれた。自分が一体どんな面をしていたのかを思い、少し不安になる。 「来い、晃」  予想に反して小角は何も言わず、ついてこいと顎で促した。気のせいだったのだろうか。最近、やたらと彼の視線に不安を覚えるようになってしまった。  取り越し苦労なのかもしれない。小角とて神ではない。晃が何を考えているかまで分かる筈が無いのだ。そうは思っても、この胸の中に芽生えたざわめきは収まりそうにも無かった。 「霞吸い、木の葉纏いて宙を飛ぶ ばん おん まゆら さらんでぃ そわか」  手印を結んで詠唱、晃の身体を淡い霊力の光を帯びた風が持ち上げた。空を翔ける乗嬌術とはまた違う。宙を自在に飛び回る霊術だ。瞬発的な速さこそ乗嬌術に劣るがその分制御力に長けている。  前鬼の里が小さくなる程高く高く昇る。感覚としては飛ぶというよりも、水に漂うかのような感覚に近い。先程、朝ご飯を食べた小屋に明かりが灯っていた。義達や義継辺りがのんびりとでもしているのだろう。  元々、この地は険しい峰々の並ぶ大峯奥駈道、それを一週間かけて踏破する「奥駈(おくがけ)」の中でも中間地点に位置する場所だった。五人の鬼達の“子孫”とされる者達が立てた宿坊は、昔は表向きにも今は裏で修行者達を支えている。「大峯修験」の一大拠点となっている。  それを通り越し、大日岳の方へと目をやる。前鬼の里に登る途中の林道からその姿が良く見える山なのだが、そこに男は入り込んでいるらしい……が、この気配は陽の界から来るものではない。陰の界に入り込んでしまったらしい。先程のあの黒い霞が原因か……と思ったその時だった。 ――気に喰わない。  少女の凛としたそれでいて、どこか捻くれたような声が晃の頭に響いた。
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