第五章 天胄地府祭――魂の在り処

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「はっ」  しかし、火龍はそんな不安を、一蹴するように鼻を鳴らした。 「餓鬼には覚悟がねぇ。それは、大人の都合だ。見て、考えるだけの頭がありゃ、餓鬼でも覚悟くらいつくもんだ。そう、今まさに事件の渦中にいる連中がそれだ」  火龍の言わんとしている『餓鬼』が誰なのか、長倉にはすぐに察しがついた。ようやく、闘志が体に戻ってくる。それを見て、火龍が何かを放った。  独鈷杵だ。それを驚いた顔で受け取る。 「貴様らぁああ!!」  丁度、朱煉獄が騰蛇の拘束を打ち破ったところだった。  その怒りに喚起されてか式神の群れが、隊列を為して、突っ込んでくる。長倉が独鈷杵をそちらに向けたが、霊術が放たれることはなかった。  何十匹という犬の群れが、横から式神に食らいついた。  今まで長倉も含めてその存在に気がつかなかったところをみると、どうやら隠形していたらしい。これだけの数の式神に、それをさせることができる者は限られる。 「藤原千星空! ただいま、参りました!」  声のした方を向くと、ピッと、崖の上で礼する少女が目に映った。その後ろには、二人の十二天将の使い手の陰陽師もいる。 「おぉ、お前ら来たか」と言ったのは、三善慧玄(みよしえげん)たった今、長倉を窮地から救った十二天将の使い手だが、長倉は今頃、そのことに気がついた。  白髪の混じった黒髪、年は四十後半だろうか。しかし、その瞳には老練の闘志がある。 「さてま、そんじゃお前さんはお前さんの仕事をこのまま、ここで続けるんだな……、敵の注意を存分に引き付ける囮役をな」 「……囮が任務の目的だと、なぜ知っているのです?」  長倉は驚いて聞き返した。今回の任務の詳細は賀茂と二人の間でのみ、取り交わされたことだ。ずっと戦場にいた三善が知るはずはない。が、長倉は質問しておきながら、理解していた。この男は現陰陽寮の中でも最も狡猾で強力な陰陽師である。 「まさか、組の配置から、戦術を読み取ったと?」 「おう、わかってるじゃねぇか。派手で突進力のある隊列――にも関わらず、お前さんたちは、敵陣からかなり離れたところに部隊を揚陸していたからな」  それだけが決めてとなったのだろうかと、長倉は少し訝しんだ。恐らくは、現陰陽寮の戦術、それを立てた者の思惑を正確に読み取ったうえでの読みなのだろう。恐るべきは、彼の持つ実戦経験の豊富さだろう。
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