第五章 天胄地府祭――魂の在り処

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 土御門の長男、土御門創二は揺るぎない信念と鋼鉄のような硬い意志を秘めた男だった。が、目の前にいるこの男はその真逆だ。  まるで掴みどころのない霧のよう。だが、掴みどころがない故に、攻撃するタイミングもわからなかった。こうして話している間に、突然呪詛を飛ばしてくるのではないかという不気味な殺意が、滲み出ているのである。 「あなた、自分の力に自信がある?」  唐突に、月が伊織に訊ねた。伊織はにこやかに返した。 「勿論さ。ついでに言うと自信なんて陳腐なものじゃない。僕の血に流れてるこの陰陽師の力は、今ある世界をも変えることのできる力だ。この力をもってして生まれたにも関わらず、淡々と無為で惰性な人生を送るのは欺瞞だ……君もそう思うだろう?」  拳を握る伊織の独白には静かな熱があった。聞く者の頭にじわじわと浸透していく熱だ。だが、月は視線を伊織から逸らしていた。話を聞いていなかったわけでもなければ、伊織の言葉に答えたくなかったわけでもない。  月がすっと、左腕を伸ばし、人差し指で伊織の後方を指さした。 「え?」  その先にあるものに気がついて、伊織は呆然とした。そこにいたのは一人の少女だった。伊織が驚いたのは、目と鼻の先にまで接近されていたことではない。  月や、八鹿の奇襲にですら対応できた男の思考が停止してしまったのは、そこにいたのが、なんんの力も持たない一般人だった為だ。 ――ただし、この「なんの力もない」という認識は誤りだ。 「はぁっ!!」  気合と共に間合いを一気に詰めた少女が、手に持った木刀で顔面を思いっきり殴り飛ばしていた。  叫ぶ間もなく、伊織が地面に倒れた。その有様に、義覚と真義の二人の鬼が戦いをやめた。どちらも、何が起きたのかわかっていないようで、静かに成り行きを見守っている。  牡丹もまた、ぽかんとしたまま、主を叩きのめした少女を見つめている。  ポニーテールに髪を結った勝気な瞳の少女。登山用の為か、武骨な長ズボンと長袖、ジャケットに身を包んでいる。 「み、未来……?」
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