終章 火潰える時

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「そんなに自虐的に捉えないの」と、義賢が変わらないからかうような調子で、しかし表情は至って真剣――というよりも、なにかを恐れているように見えた。  そこへ―― 「ここにいたか、我が破片よ」 「役小角……!!」  反射的に破敵之剣を構えたが、霊力の風をぶつけられ、一真は後ろへと吹き飛ばされた。 「一真!!」  月が駆け寄るのが見えた。小石をどかすように一真を吹き飛ばした役小角は、無防備な彼女の背中には興味が無いようで、そのまま、もうひとりの自分へと歩み寄って行った。 「探したぞ、我が破片よ。お前がいないせいで、私は決して完全体になることはできなかった」  役小角は、全くの無傷というわけではなかった。体の半分は霊術によって焦げ、生々しい傷跡が顎に残っている。だが、それでも、彼が、このまま完全に滅されてしまうのを覚悟で来た理由は、目の前にある。  もうひとりの役小角。 「お前は虚無。私の影だ。影が体を支配するなど、有り得ないことだ」と、晃の師匠である役小角は答えた。 「戯言を……。私の力はお前を上回っている。沖博人の元で憎悪を力に変える技を、身につけた」 「かの偉大な陰陽師が――、朝廷にすら屈しなかった陰陽師が、落ちたものだな。小童の甘言に誑かされる程に、枯れてしまったか」  役小角の自虐的な、独白めいた言葉に、役小角の『影』は唸った。彼の体は次第に黒く、熱く、変化していく。それは千年という長い時を経て蓄積された憎悪だった。それは、周囲の霊力を巻き込み、急速に膨れ上がっていく。見ているだけで、自分の心が吸い込まれていきそうになる。 「なんて……、悍ましいの」月が、静かに呟いた。義賢や周囲の鬼、それに月は日向と共に、周囲に結界を張っているのだが、その結界すらも軋ませる程の霊圧だった。 「どれほど、大言壮語しようと、力無くては虚しいだけ。我が破片よ、戻るのだ、私の中へと!!」  頭に直接響く声に、魂そのものが揺さぶられそうになる。だが、役小角はその言葉も、この異様な霊気の収斂にも、まるで気がついていないかのように穏やかな笑みを浮かべていた。 「私が戻るのは、この大地。この地に根付く霊気だ」  懐から出したのは、懐剣だった。霊力はあるが、それはこの場を収めるには余りにも小さい。それを、役小角は逆手に握る。
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