序章 復讐の火付け

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 助けて貰ったことへの感謝等するものか。少年の手に武器があったならば、真っ先に玄武に向かっていただろう。だが、そんな物は無い。そんな物があったならば、玄武にではなくあの怪物に突き立てていた。「もしも」の話に過ぎない。そんな事を話す事に合理的な意味も無く、理性的でも無い。 「何様だ、ふざけんな……ふざけんな」  ただ、感情のままに当たり散らしているに過ぎなかったが、助けに来た大人達は何も言い返す事は出来なかった。それ程の力が、少年にはあった。 「あぁ、そうだな……恨まれても仕方は無い。お前さんには何を言われても、仕方ないと俺は思っている。済まなかった」  玄武の謝罪は、少年の怒りを収めるには至らない。それが心の底からのものだったとしても、だ。 「だがな、なんで“お前さんだけでも”助けたのか、については理由は勿論ある。お前さんが、いつか誰かを救えるように、だ。ここで救えなかった魂に少しもの希望を与えるために、な」 「何言ってんのか、全然わかんねぇ……死ね」  少年は殺気立っていた。単に理解が及ぶ年齢になっていないから、ではない。むしろ、男が何を言わんとしているのかを察するだけの高い感性を少年は持っていた。勘と言ってもいいだろう。この男は偽善者ではない。村を救おうとしたが、間に合わなかった。その事を悔いている。  だが、それが分かっているのであれば、少年は何に怒っているのか。何を恨んでいるのか。  それから、狩衣姿の男達――ざっと十人はいるか――は先ほど玄武が使ったような呪文を詠唱。すると見る見るうちに燃え盛る炎が消え去り、崩れていた家屋が時間を巻き戻すように戻っていく。 ――もしかして  少年が僅かに抱いた希望は儚くも崩れ去る。家に飛び込んだ少年を待っていたのは家族の亡骸だった。つけられた爪痕はそのままに、体を焼いた火傷もそのままに、ただその表情だけが静かに眠るように安らかだった。  少年は家族の前に膝をつき慟哭した。先ほどの獣のような声ではない。その声は人間の物だった。涙は決して枯れなかった。家族の体に手を伸ばし泣き続ける。  そのまま、永遠に時が止まってしまうかと思われた。
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