第一章 出会いの日

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 朝日が山の天辺から頭を出すか出さないかという頃、大江晃はごく自然に寝床から起き上がった。まだ温かみのある毛布と蒲団を仕舞う。前鬼の里の鬼達が建てた寺の宿坊は、立ち寄った修行者達の為に空けられているが、今は晃一人だ。一昨日来た修行者達は昨日の昼過ぎにへとへとになりながら山を下りて行った。  朝早くから晃が叩き起こし、霊術の鍛錬――と称した実戦形式の模擬戦――に散々付き合せたせいだ。この山に来る前から、彼は実戦、模擬戦を問わず、戦う事が好きだった。  見た目だけなら、女性にもモテるだろうにと、かつての悪友は言った。ふと、そうだろうかと洗面所にある鏡をまじまじと見つめ、吹き出した事がある。  茶色に染めた短髪、透き通って高い鼻、切れ長な目。四肢は逞しく、だが、がたいが良いという程ではない。背も高く、一見するとスポーツマンのようにも見える。  少なくとも多くの女性が想像するような優男(ハンサム)のようには見えない。それに、たとえ女性が一目惚れしたとしても、彼のこれまでにしてきた所業(本人は武勇伝と思っているのだが)に幻滅するに違いない。  今でこそ、修行者としての日々を過ごしているが、かつては荒れに荒れ、喧嘩に明け暮れる毎日を過ごしていた。それを正してくれたのは、剣の師匠、友人達だった。だが、今現在は彼らとは距離を置いている。  特別理由があってのことではない。  ただ、その温かさが心地悪かったというだけ。復讐に身を捧げようとする決意を覆されたくなかったからというだけだ。だが、この前鬼の里に来ても、以前と変わらない温かさがここにはある。鬼達は厳しくも優しい。何よりも、ここを取り仕切る法師は、全ての者を受け入れる包容力を持っていた。  このままでは、自分は復讐を放棄してしまう。いや、既に相当な迷いが生じていた。 ――俺がしたかった事とはなんだ  ここでは駄目だ。もっと冷たく孤独な世界に身を投じなければ。晃はそこへと飛び込むチャンスをずっと待っていた。そもそも、待つということ自体が甘えている証拠。自分から飛び出していかなくては。  だが、飛び出すにしても下手は打てない。ここやあの道場と同じ温かみを持つ者に出会ってしまっては意味がないのだから。 ――来いよ、波乱。俺の身をそこに投じさせろ
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