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時が止まったかと思う程の清寂、役小角は光の帯となって天へと昇って行く。それを、影はただ見送ることしかできなかった。
残された影は、雄叫びを上げた。周囲の鬼を、人間をなぎ払う咆吼を……放とうとして、彼は自分の足が地面に突如として現れた闇に呑まれていくのに気がついた。
「悪いな。今、あんたに壊れると困るんでなぁ」それは、鬼の声だった。酒に酔っているかのように顔が真っ赤な鬼……。そいつは辺りで呆然としている一同を見て、舌なめずりした。
「あばよ、皆さん。また、いつか殺し合おうぜ」
「し……師匠」
後に残されたのは清寂と、晃が漏らす嗚咽だけだった。一真はなんと声を掛けていいのか、声を掛けるタイミングすら見失って、立ち尽くした。ちらりと見ると、義賢や他の……役小角と親しかった筈の鬼達は、沈黙を通していた。瞑想するように、目を閉じていた義賢は静かに、晃の傍へと立った。
「全て……全て、知っていたのか、義賢さんは?」
「えぇ、まぁね。あの人は昔から臆病ではあったけど、ちゃんと影と立ち向かう覚悟は出来ていたみたいね」
「なんで、なんで、今なんだ」
まだ、現実を受け入れられないように、晃が訊ねると、義賢は静かに首を振った。
「今、この地に影が戻ってきた瞬間でなければ、影の力を削ることは出来ないんだそうよ……まぁ、ここで決着をつけたかったのが本音なんでしょうね」
静かな風が、義賢の髪を揺らす。
「後、あの人からの伝言……、修行は完成した、だそうよ」
「く……、なんで、なんで、俺の周りにいるやつらは皆、先に逝ってしまうんだよ」
一真は、その光景をじっと眺めていた。目の前の光景に、自分の中の記憶が揺さぶられる。それが、自分自身の物なのか、過去の「一真」のものなのかも、彼には判別がつかなかった。
ふと、空に巨大な舟が躍り出た。天舟――、現陰陽寮が用意した対怪異用の戦略型退魔舟。周囲に降り立つ陰陽師の影に、鬼達は戦う素振りは見せなかった。
一真達の危機を救った三善慧玄が先頭に立ち、彼らを迎い入れた。
戦いは終わった。多くの犠牲を伴って。後に「大峯山の大怪異」と呼ばれる戦い。その全貌を知る者は、極僅かだ。ただ、明らかなのは、各々が各々の意志でもって、戦い抜いたということ。
この戦いが、後に何をもたらすのか。『縁』が何をもたらすのか、それを知る者はいない。
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