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玉琳学園──全国から優秀な子供を募り、日本の将来を担う人材を育成する学び舎。
初等部、中等部、高等部、大学部から成るそこは、大企業の後継者から古くからの高貴な血筋を受け継ぐやんごとない身分の者までが全国各地から集い自ら学園を運営する、まさに小さな社会と言うべき学園であった。
むろん子供たちが通うそれぞれの校舎と、彼らの欲求を満たすべく建てられた娯楽施設などが立ち並ぶ敷地はとんでもない広さを誇る。
もしそこにいる誰かが空を見上げていたなら、そこに一瞬現れた黒い影に気づくことができただろうか──。
その学園の理事長室にて。ちょうど一人で書類を捲っていた男は、ふと何かの気配に気づいたかのように顔を上げた。
四十代くらいと見えるその男は、若い頃はさぞかし女性にもてはやされただろう顔立ちを僅かに顰める。
彼は名を伍条敏(ごじょうさとし)と言い、この学園の理事長を務めている。彼自身は分家だが、本家の伍条家は日本でも指折りの企業だ。
伍条は室内を見渡し、目の前の空間が歪んだことにはっと息を飲んだ。歪んだ空間は、次の瞬間にはじわりと滲む闇を吐き出す。
「っ──!」
突然起きた出来事に混乱した伍条は音を立てて椅子から立ち上がった。
眼前の闇は徐々に大きくなり、今は人間の形を成している。やがて完全にローブを纏った人影となったそれはゆっくりとした動作で絨毯の上に降り立った。
背丈は170㎝程でさほど高くない。それでも目の前の人物に威圧されるのは、先程の信じられない出現の仕方のせいか。──いや、この存在自体が濃い闇の気配を感じさせるからだ。
その時、人影が顔のほとんどを覆うフードに手をかけた。徐々に露になるその下の素顔に、恐怖を感じているはずなのに何故か目を逸らすことができない。
そして──
自分を射抜いた深紅の煌めきに、伍条は意識を奪われたのだった。
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