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「若者ぉ~あんまりイチャイチャするなよぉ~」
大声で誰かが気分良く笑う声が、頭の後ろでだんだん遠ざかっていった。
どうやら通りすがりの酔っ払いに背中を押されたみたいだ。
そして気が付くとあたしは、地面に手と足をついたまま、あいつの顔を見下ろしていた。
なんで、あいつの顔があたしの下にあるの……?
状況が理解できなくて、あたしたちは路上に倒れ込んだまましばらく見つめ合ってしまった。
手の平に付いた小石がひんやりした地面に押されてじんじん痛み始めた頃、やっとあいつが口を開いた。
「寺島、早くどけよ」
「あ、ごめ……」
そして体を動かそうとして、気が付く。
あいつの右手が、あたしの事を抱きとめるようにあたしの腰のあたりを支えていることに。
そういえば確かに、手のある辺りが妙に温かい。
あたしは驚いた顔そのままに、彼を見下ろした。
あいつははっと気付いてあたしの腰から手を離す。
「もしかして、助けてくれた……?」
そう言うと、あいつは困ったような顔をして、目を逸らした。
「い、いいから、どけって」
あいつはどこか右の方に目線を向けていた。
その角度じゃ、何も見えないはずなのに。
それはまるで、あたしと目を合わせないよう、絶対に顔を動かさないようにしているみたいに見えた。
その顔を、すぐ脇を通り過ぎる車のライトが照らす。
光の筋が通るたびに、あたしの心臓はどんどん鼓動を早くしていった。
……あたし、自分がその後なんであんなことしたのか、未だに分からない。
でもどうしても、その照れたみたいな困ったみたいな顔から目が離せなくなって。
その顔をもっと見ていたくて。
早くどかなきゃって思うのに体が全然動かなくて。
頬が熱くなって。
心臓の奥がきゅうとして。
あたしはそれから。
彼の唇にキスをした。
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