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増井考太郎。
それがあいつの名前。
それにこうしてみると、鼻筋が思ったよりスッとして綺麗で。
背筋が全然曲がってなくて、姿勢もすごく良い。
こりゃ、モテるよね。
見た目だけなら。
あたしの視線に気が付いたのか、あいつはこっちをちらっと見て、目が合うと慌てて逸らした。
あたしは周りにばれないように小さくため息をつく。
もう、なんであたしばっかり、こんな思いしなきゃいけないの?
「おおい、寺島」
「はい!」
「ちょっと洗い物しといてくれないか?」
「はーい!」
あたしは急いで席を立つと、給湯室へと向かった。
事務方の仕事とはいえ、新入社員のあたしに回ってくるのはこんな雑用ばっかりだ。
今日はお客さんが特に多くて、お茶を入れる茶碗はあっという間にシンクに溢れかえるほどになっていた。
あたしはジャケットを脱ぎ、ブラウスの袖を肘までまくりあげると、溜まった茶碗を洗うべく、スポンジを手に取る。
一人であるのをいい事に、鼻歌なんか歌いつつガチャガチャやっていた時。
「寺島……」
遠慮がちに呼ぶ声が聞こえ、給湯室の入り口を見ると、立っていたのはあいつだった。
「あ、増井くん、どうしたの?」
あたしが見ると、あいつはやっぱり目を逸らす。
「いや、手空いてるなら手伝えってさ」
その言葉にあたしは歓喜する。
だって、いくら仕事だから雑用でも何でもやりますって言ったって、こんな大量の洗い物、面倒くさい以外の何物でもない。
「わー、助かる。今日洗い物多くてさ。シンク狭いから、洗った茶碗拭くのお願いしてもいいかな?」
「分かった」
軽く返事をするとあいつも腕まくりをして、壁に下げてあった布巾を一枚手に取った。
それからあたしの方に近付いてきて、あたしが洗って伏せておいた茶碗を拭き始める。
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