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「職場で気まずくなるのって、なんか嫌だからさ。普通にしてくれると、嬉しいな」
それからニコッと笑顔をつくってあいつを見る。
あいつは言いたい言葉を飲み込むように視線を落とした。
「分かったよ」
それを見てあたしはホッとする。
だって、嫌われてると思ったから。
あんな事があれば、尚更。
今も話しても聞いてすらもらえないんじゃないか、そう思っていたから。
でもあいつは言った。
「……俺も、ごめん。嘘ついた」
あたしは泡だらけのままの手を止めて、あいつの方を見る。
「俺、寺島の事、そんなに嫌いじゃないよ」
あいつは今拭いたばっかりの茶碗をもう一度丁寧に拭き直しながら言った。
「あ、うん、ありがとう……」
あたしはすっかり面喰ってしまって、そう返すのがやっとだった。
「って、こんな事言うの、変かな……」
そう言って増井くんは、恥ずかしそうに笑いながらあたしを見た。
その顔に、あたしはまた、ドキドキしてきて。
心臓の奥がきゅうっとして。
目の前にいる人にもっと近付いてみたくなって。
洗剤の香りがツンと鼻を刺激して、そこでようやくあたしは目を伏せる。
「……ううん、嬉しい」
隣から、優しい声が聞こえてくる。
「そっか。良かった」
この感情が何か、分からないから。
どうしよう、あたしまだ、素直になれそうにない。
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