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彼女はまさか……そんな……だってもう十年も経っているんだぞ。あの歌声を持っているのなら世界を狙える筈だ。こんな所で人気の少ない公園で歌うようなちっぽけな歌声の持ち主ではない筈だ。
彼女が公園に現れ、あの噴水の前で歌い始めてからもう数分が経とうとしている。しかし、僕は一向にその場から動こうとはしなかった。
十年前、僕は町の掟を破って彼女の声を奪ってしまった。もし目の前で歌う彼女があの時の少女ならば僕はどんな顔で彼女と会えばいいのだろうか。
思考はまとまらない。このままでは歌い終わり去ってしまう。
意を決し、僕は隠れていた茂みから飛び出し、近づいた。すると、彼女は口を閉じ、驚いた様子で此方を見つめてきた。
それから一瞬の沈黙が流れた。いや、実際には彼女が口を動かし何か話しているのだが僕には聞こえないのだ。
会話は生まれずとも時間は進む。
突然泣き出した彼女は顔を隠すようにして泣き崩れてしまった。
何か彼女の中であったようだ。その隙に僕は数センチ近くまでよると、涙目を浮かべている彼女にフリップボードを渡し、
《あなたの名は?》
と書き記した。
考え込み、ややあって彼女がようやく耳が聞こえていない事に気づいた後、フリップボードにこう書き記した。
《アウロラ》
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