死の歌声

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「来てくれてありがとう、お兄さん」 ほっとしたように息を吐いた彼女はいつものようにゆっくりとした響きで童謡を歌い始める。   その時にいつも僕は目を瞑り、その歌声と鳥のさえずりを聞きながら祖国日本の美しい自然を思い浮かべるのだ。   ほんのひと時の安らぎ。探偵の仕事の都合でわざわざ日本から歌の町ウェールズまでやってきたかいがあったものだと、そう思うのだ。   歌が終わると、丁寧にお辞儀をして一言、「いつも聞いてくれてありがとう」と僕に伝え、その場を去ってしまう彼女。   誰かに歌を聞いて欲しい、そう思えてしまうほど去る彼女の瞳から寂しさが感じられた。   だから僕は自分一人だけでなく、町の皆にも彼女の前で観客として聞いてあげられないものかと思い、町の決まりを失くしてはもらえないかと町の長に頼みに行った。   そこで僕は重大な事実を知る事となる。 『この町で生まれた子は成人するまでその歌声を観客に聞かせ、感謝の言葉を伝えてはならない。もし伝えてしまったのならば、その歌声は略奪の神により失われてしまうだろう』と。 これは町に古くから伝わる言い伝えであり、誰一人として破る事のなかった絶対の決まりだった。 しかし何故、知っていた筈の彼女は僕にそんな重大な事実を教えてくれなかったんだ? 分からない。けれども、言わなかった彼女は何も悪くない。そうさせてしまった僕が全部悪いんだ。 次の日の朝、僕は彼女の声が失った事実を耳にする事となった。
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