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1 狭間
ティオが目覚めると、一緒に眠ったはずのイグノトルはいなかった。
かわりに、医務室から誰かと話す声がしている。
患者さんが来てるんだ、と思い、診察が終わるのを待っていると、最近の医療設備がどうとか、怪我や病気とは関係のないむずかしい話をしている。
誰だろう、と思い、扉をそっとあけて覗くと、若い男と目が合った。
「あ」
見つかっちゃった、と慌てて扉をしめる。
「え、今……」
「さっき話したティオだよ。持病があってね、特例で預かることになった。出ておいで、紹介するよ」
「人見知りなんですか、初代ティオなのに」
「訳ありでね。ティオ、大丈夫だからおいで」
イグノトルに呼ばれ、仕方なくそっと顔をだす。
さっきの若い男が患者の椅子に座って、こちらを見ていた。
短く切り揃えられた髪は濃い栗色をしていて、背はイグノトルより少し高いくらい。
何を言っても許してくれそうな、人懐っこい笑顔を浮かべている。
「事件を知って、心配で来てくれたんだよ。いつもは週に一度、私の休みの日だけ医務室を担当してくれてる若手の医師、カシクバートだよ。ごあいさつして」
「え、えっと……、はじめまして」
ぺこりと頭をさげる。
「うわあ……本当に白いティオだ。初めてみた……」
そんなに変かな、と自分の髪に手を触れる。
「そ……そうですか」
「なので白い服を着せてみたんだ。どう?」
「イグノトル医師、それはどうでもいいです。よろしく、ティオ」
「あ……、はいっ」
「……傷つくなあ」
「持病って、色素異常ですか」
「んー、まあそんなようなとこかな。悪いね、忙しいところ来てくれて」
「いえ、上司命令ですから」
「ああそう、下っ端はつらいねー」
「あの、カシク……バートさま」
「いや、ティオ、カシクでいいよ。さま、とか言われると居心地悪くて」
「え?」
「まだ若い下っ端だから」
「私への嫌味かい、それは」
はは、とカシクバートが笑う。
イグノトルも笑っていたが、どこか装っているような表情だった。
「でも、天使さま……ですよね」
翼が見えないから絶対とは言えないけど、たぶんそう。天使さまの気配はよくわかるから。
「そんなわけでカシク、お留守番を頼むよ」
いきなり、イグノトルが言い放った。
「は?」
「えっ?」
「気にすることないよ。カシクは王宮医師の座を虎視眈々と狙っているんだ」
「狙ってません……」
「面倒だろ? こんな疲れたオジサンを説得して病院へ連れ戻せ、なんて上司命令」
「……っ」
「あ……」
それで笑っていなかったんだ、とティオは思う。
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