1 狭間

1/6
前へ
/44ページ
次へ

1 狭間

 ティオが目覚めると、一緒に眠ったはずのイグノトルはいなかった。  かわりに、医務室から誰かと話す声がしている。  患者さんが来てるんだ、と思い、診察が終わるのを待っていると、最近の医療設備がどうとか、怪我や病気とは関係のないむずかしい話をしている。  誰だろう、と思い、扉をそっとあけて覗くと、若い男と目が合った。 「あ」  見つかっちゃった、と慌てて扉をしめる。 「え、今……」 「さっき話したティオだよ。持病があってね、特例で預かることになった。出ておいで、紹介するよ」 「人見知りなんですか、初代ティオなのに」 「訳ありでね。ティオ、大丈夫だからおいで」  イグノトルに呼ばれ、仕方なくそっと顔をだす。  さっきの若い男が患者の椅子に座って、こちらを見ていた。  短く切り揃えられた髪は濃い栗色をしていて、背はイグノトルより少し高いくらい。  何を言っても許してくれそうな、人懐っこい笑顔を浮かべている。 「事件を知って、心配で来てくれたんだよ。いつもは週に一度、私の休みの日だけ医務室を担当してくれてる若手の医師、カシクバートだよ。ごあいさつして」 「え、えっと……、はじめまして」  ぺこりと頭をさげる。 「うわあ……本当に白いティオだ。初めてみた……」  そんなに変かな、と自分の髪に手を触れる。 「そ……そうですか」 「なので白い服を着せてみたんだ。どう?」 「イグノトル医師、それはどうでもいいです。よろしく、ティオ」 「あ……、はいっ」 「……傷つくなあ」 「持病って、色素異常ですか」 「んー、まあそんなようなとこかな。悪いね、忙しいところ来てくれて」 「いえ、上司命令ですから」 「ああそう、下っ端はつらいねー」 「あの、カシク……バートさま」 「いや、ティオ、カシクでいいよ。さま、とか言われると居心地悪くて」 「え?」 「まだ若い下っ端だから」 「私への嫌味かい、それは」  はは、とカシクバートが笑う。  イグノトルも笑っていたが、どこか装っているような表情だった。 「でも、天使さま……ですよね」  翼が見えないから絶対とは言えないけど、たぶんそう。天使さまの気配はよくわかるから。 「そんなわけでカシク、お留守番を頼むよ」  いきなり、イグノトルが言い放った。 「は?」 「えっ?」 「気にすることないよ。カシクは王宮医師の座を虎視眈々と狙っているんだ」 「狙ってません……」 「面倒だろ? こんな疲れたオジサンを説得して病院へ連れ戻せ、なんて上司命令」 「……っ」 「あ……」  それで笑っていなかったんだ、とティオは思う。
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

198人が本棚に入れています
本棚に追加