1 狭間

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「ティオは生まれたばっかりだから、見るもの全部はじめてなんだね」 「いえ、それが……」  イグノトルが言葉を濁す。 「ぼく、どこへも連れてってもらったことないんだ」 「え?」 「このティオを預かっていた主は、使用人のように扱ってたらしくて」 「主に名前つけられるのいやで、逃げちゃったんだ」 「はぐれティオだったのかい……」 「……ええ」 「それで預かったんだね。あなたらしいよ」 「出会ったときは、しゃべることもできなかったんです。何か言うと殴られると思ってたらしくてね」 「ひどいねえ」 「……ええ」 「ぼく、もう大丈夫だよ」 「よかったねえ、ティオ。こんなに大事にしてくれるひと、めったにいないんだよ」 「うん」 「こんなに褒め上手なひともめったにいないから」  はぐらかすようにイグノトルが笑う。 「あのね、それでね、これから手続きに行くんだ。ぼく、イグノトルさまのティオになるんだっ」 「そうかい。よかったねえ」 「それでね、国王さまが……」 「ティオ、ちょっとおいで。これがお金」  イグノトルがティオに数種類の金貨を手渡した。 「わあ、初めてみた。きれいだね、きらきらしてるー」 「これが商品。これくださいって言うんだよ」  イグノトルから医療用のテープを受け取り、ティオがカウンターにそっと差し出す。 「こ、これください……」 「はい、ちょっと待ってね。890レードルになります」 「わあ、お金どれ?」 「これ1000レードル金貨。渡して」 「はい」 「おつりが110レードルね」  手に渡されたのは、色の違う硬貨が二枚だった。 「ふ、ふえたよっ、イグノトルさま」 「ふえてないふえてない」 「ほほえましいけど、複雑だねえ……」 「家の中以外のことは何も教えてなかったんでしょうね」 「あ、あの、ごめんなさい」 「君のせいじゃないよ。謝ることじゃない。それじゃ、また寄らせてもらいます」 「ありがとうございました」 「あ、ありがとございましたっ」  ぺこりと頭をさげた。 「ティオ、国王のことは誰にも話しちゃだめだよ」 「どして?」 「国王には近づけなくても、君には簡単に近づける。そこから国王に危険が及ぶかもしれないからだよ」 「だって、イグノトルさまは王宮の医師だから、国王さまも診るんでしょ?」 「診ないよ。御典医(ごてんい)っていって、国王夫妻専属の医師がちゃんとついてる。私はただの王宮医師」 「そうなんだ……」 「特に、知らない天使には気をつけなさい。むやみに近づかないこと。いいね?」 「……はい」  着いたよー、と今度は両脇に扉番が立っている大きな扉をくぐった。  ざわざわと混み合う人々の間をすり抜けるイグノトルの背中を、見失わないようについていく。
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