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「ティオは生まれたばっかりだから、見るもの全部はじめてなんだね」
「いえ、それが……」
イグノトルが言葉を濁す。
「ぼく、どこへも連れてってもらったことないんだ」
「え?」
「このティオを預かっていた主は、使用人のように扱ってたらしくて」
「主に名前つけられるのいやで、逃げちゃったんだ」
「はぐれティオだったのかい……」
「……ええ」
「それで預かったんだね。あなたらしいよ」
「出会ったときは、しゃべることもできなかったんです。何か言うと殴られると思ってたらしくてね」
「ひどいねえ」
「……ええ」
「ぼく、もう大丈夫だよ」
「よかったねえ、ティオ。こんなに大事にしてくれるひと、めったにいないんだよ」
「うん」
「こんなに褒め上手なひともめったにいないから」
はぐらかすようにイグノトルが笑う。
「あのね、それでね、これから手続きに行くんだ。ぼく、イグノトルさまのティオになるんだっ」
「そうかい。よかったねえ」
「それでね、国王さまが……」
「ティオ、ちょっとおいで。これがお金」
イグノトルがティオに数種類の金貨を手渡した。
「わあ、初めてみた。きれいだね、きらきらしてるー」
「これが商品。これくださいって言うんだよ」
イグノトルから医療用のテープを受け取り、ティオがカウンターにそっと差し出す。
「こ、これください……」
「はい、ちょっと待ってね。890レードルになります」
「わあ、お金どれ?」
「これ1000レードル金貨。渡して」
「はい」
「おつりが110レードルね」
手に渡されたのは、色の違う硬貨が二枚だった。
「ふ、ふえたよっ、イグノトルさま」
「ふえてないふえてない」
「ほほえましいけど、複雑だねえ……」
「家の中以外のことは何も教えてなかったんでしょうね」
「あ、あの、ごめんなさい」
「君のせいじゃないよ。謝ることじゃない。それじゃ、また寄らせてもらいます」
「ありがとうございました」
「あ、ありがとございましたっ」
ぺこりと頭をさげた。
「ティオ、国王のことは誰にも話しちゃだめだよ」
「どして?」
「国王には近づけなくても、君には簡単に近づける。そこから国王に危険が及ぶかもしれないからだよ」
「だって、イグノトルさまは王宮の医師だから、国王さまも診るんでしょ?」
「診ないよ。御典医っていって、国王夫妻専属の医師がちゃんとついてる。私はただの王宮医師」
「そうなんだ……」
「特に、知らない天使には気をつけなさい。むやみに近づかないこと。いいね?」
「……はい」
着いたよー、と今度は両脇に扉番が立っている大きな扉をくぐった。
ざわざわと混み合う人々の間をすり抜けるイグノトルの背中を、見失わないようについていく。
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