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「お前が病院に戻ってこないからだ」
ティオには上司の声に感情が読み取れない。
イグノトルの声も、それに合わせるように低く下がっていくのがわかった。
「私の患者じゃありませんよ」
「じゃあそのティオは何だ、ティオは担当しないと言っておきながら、養育はするんだな」
「国王のご命令ですよ。はぐれティオを救いたいとおっしゃって」
「それはご苦労だな」
「症状は」
淡々とした会話から、初めてイグノトルのほうから明確な質問をした。
「詳しくは言えないが先天的な異常だ。手術すれば治るかもしれないが、可能性は低い。金銭問題もあるから捜索依頼がないか確かめに来た。国にも届けたが反応はなくて、この有様だ」
「つまり、待っていられない状況……ということですか」
「戻ってこい。王宮医師など肩書きだけだろう。かすり傷の消毒なら医師でなくてもできる、せっかくの腕が鈍るじゃないか」
不意にイグノトルが、にこりと笑う。
「それより、この子の予防接種なんですけど、はぐれティオだったんで前の主がしてくれてたかどうかわからないんですよ。そちらの病院へ検査を頼んでいいですか」
「見捨てるのか」
ティオがはっと息をのんでイグノトルを見上げた。
横顔からは、さっきの嘘くさい笑顔が消えている。
「腕が鈍ったような王宮医師が救える命じゃない。他をあたってください」
「手術に立ち会ってくれるだけでいい」
「そのほうが医師でなくてもできるでしょう」
「非礼は謝る。だから」
イグノトルが急にティオの腕を掴んで歩かせた。
「行くよ、ティオ」
「あ、の、ぼく……」
建物を出て、手を離してはくれたが何と言えばいいのか、言葉をさがす。
「まさか君まで例のティオを診てやれなんて言わないよね」
「ちがうよ。でも、それはぼくだったかもしれない。その子と、ぼくと、どうちがうの。ぼくはあなたのそばにいられる。でも……」
「すべての命を救える医師なんていない。悪いけど、私は王宮医師という肩書きに誇りを持ってる。王宮という場所は特に身分の高い方々が出入りする。つまりは国を動かすような、ね。何かあってからじゃ遅い。そのための王宮医師でもあるんだ」
「身分で、命を区別するの?」
「そうじゃないよ、私とあの医師とは役割が違う。多くの命を救えるだけが、いい医師だと思うのかい?」
「ぼく……」
気持ちがうまく言えずに、うつむいた。
「君にはわからないかもしれないね」
「じゃあどうして、ぼくは助けてくれたの。ぼくは王宮のティオじゃなかった。ぼく、あなたがわからないよ、やさしいひとだと思ってたのに」
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