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いつしか山は、一面真っ白に埋まっていた。
降りやまぬ雪が空気まで白く染めて、湖畔の村の様子が窺えなくなってから幾週が過ぎていただろうか。
「奥様……」
萎れた表情の使用人が、肩掛けにくるまって窓の外を見つめる女主人にそっと近づく。
「今日は花が……申し訳ありません」
湖も木々も地面も花も、全てが氷の中に閉じ込められてしまっていた。
白銀の世界は目で楽しむ分には美しかったが、その中で命を営むのはとても難しい。
「いいのよ。お花もこの寒さで、生きるのに必死だわ」
私の勝手で手折ってはいけなかったのよ、と、リリーは淋しげに目を伏せて口元だけで笑った。
「雪が解けても、もうお花は飾らなくていいわ。春になったら、今度は花の咲く場所へ私から行きましょう」
それは、恐ろしく長い冬だった。
太陽が顔を見せることはなくなり、ただ毎日厚い雲が雪を落とした。
城内に居ても肌を刺す冷たい空気よりも、その閉ざされた視界が少しずつ、心を蝕んでいく。
春は、本当に来るのだろうか。
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