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深い渓谷をまたいでいた、あの頼りない橋の元までやってきた。
初めて橋を渡ったあの時は馬の背で目をまわしながら、支えてくれる夫をどれほど頼もしく思ったことだろうと懐かしく思い出す。
香りの源は、崖の際にあった。
階段状に群生する白い小さな鈴たちが、風に揺れて一斉に音を奏でた。
ああ、春だ。
長い冬が、やっと終わった――。
陽の光が谷底を照らした。
朽ちて雪の重みに耐えきれず落ちた橋の残骸が、確かに遥か下に見えた。
深い森のような緑を湛えたリリーの目から落ちた雫は、鈴に当たって跳ねた。
それは、主の再臨の時であった。
長かった冬の終わり、幸福の再来であった。
強い香りの中で、リリーは目眩に襲われた。
否、それは美しく満ち足りた安息への入口であった。
彼女の瞳には確かに、愛する人へと続く階段が映っていた。
――主よ――
その花は、無人の崖の縁を覆い尽くすように群生していた。
リリーの瞳と同じ色の長い葉を揺らし、真っ白な鈴を鳴らして讃美歌を歌う。
永遠の入口を、その花は祝福する。
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