桜峠の鬼

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一つ深呼吸をして、女は土間に手をつき、腰を下ろした。左足首が痛まぬよう、足を伸ばして。 焚き付けた木の香が、妙に落ち着く。 水音がしたかと思うと、荘介が濡れた手拭いを持ってどすどす歩いてきた。 「これで冷やしても?」 頬をかきながら濡れた手拭いを見せれば、女は「お願いします」と微笑んだ。 荘介は投げ出された足の前にどっかりと座ると、「失礼」とこうべを垂らして遠慮がちに女の白い足に触れた。指先の冷たさとくすぐったさにぴくりと跳ねれば、荘介の指が止まる。ちらりと彼女の表情を伺いながら、ぎこちない手つきで手拭いを巻き始めた。 捻った部分を冷やせるように、丁寧に、丁寧に。 女が一瞬、眉をひそめたのを荘介は見逃さなかった。 火の明かりだけを頼りに、触れたところを目を細めて見ると、絹のように滑らかな肌に突き刺さる小さな刺を見つけた。 荘介はまめだらけの指先で、慎重に刺を摘む。しかし刺はなかなか荘介の指に捕まらず、柔らかな肌に身を沈める。それを逃さぬよう、かつ肌を傷つけぬよう、荘介は眉間に皺をよせて今度こそ刺を捕えた。 ふう、と息をつき、女を一瞥すると手拭いを巻き直した。 女はじっと、それを見ていた。 荘介は何も話さなかった。それがひどく、心地がよかった。 手当てを終えると荘介は、今度はマダの木の皮でできた蒲団代わりの敷物を一組、持ってきた。それを彼女の前に広げ、自分は囲炉裏の向こう側で胡坐をかく。 ぽかんとそれを見つめる彼女に「それしかないんだ」と苦笑した。すると今度は荘介をじっと見つめる。 「おれは何もしない」 どこか照れくさそうに頬をかきながら、しかし真っ直ぐ目をそらさずにそう告げると、女は微笑んでごわごわした蒲団に潜り込む。そうして間もなく、すうすうと可愛らしい寝息が聞こえてきた。
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