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翌朝、荘介は自分の分の朝飯を女にやった。粟の飯と漬物といった粗末な飯を、女は喜んで食べた。
女は「さく」といった。
成る程、笑った顔が桜の花のように優しい女だった。
さくは朝、荘介が畑に出かけるのを、ひょこひょこと足を引きずって着いていった。特に何をするでもなく、さくは土手に座って荘介のばかに丁寧な農作業をじっと見ていた。
隣の家の功介は物珍しそうにさくを見ていた。
村人ひとり寄り付かない荘介を、しかも若い女が見つめているのだから無理もない。一言二言、嫌みや憎まれ口をたたいてみたが、さくは功介を石ころを見るような目で一瞥しただけで、その場から動かなかった。
功介は舌打ちをすると、そのままどこかへ行ってしまった。すると今度は、小さな女の子がぱたぱたとさくに近づき、不思議そうな顔をした。
「おねえちゃんだれ?」
いたずらでもしに来たのかと思ったが、そうでもないようである。
「私はさくよ」
「ふぅん。あたしは春」
春はにかっと笑ってさくの隣に並んで座った。
「荘介見てるの?」
「ええ」
「ふぅん」
二人はそれ以上話が続かず、お互いに黙ってその背中を見ていた。
畑から腰を上げた荘介が、春の存在に気付いたようで、二人の方に向かって歩いてきた。
「また母さんに怒られたか?」
「違うもん」
春が口を尖らせて反論すると、荘介は「そうか」とあっさり身をひいた。そしてさくと目が合うと、「つまらないだろう」と苦笑する。
「そんなことはありませんよ」
そう言って微笑むさくに荘介は目を丸くしたが、また「そうか」と言って目を細めた。
「あまり、長居をするものではないよ」
さくの心臓がどきりと跳ねた。しかしその言葉が自分に向けられたものではないとわかると、ほっと息をつく。
「父さんがこの辺をうろついているからな」
「……うん」
春は口を尖らせたまま、寂しそうに頷いた。
「荘介、これあげる」
うつむいたまま小さな拳を荘介に突き出せば、荘介は泥だらけの手をその下に広げた。
ぱっと開いたもみじのような手から、ひらひらと薄紅色の小さな花が落ちた。
「むこうに咲いてた」
「そうか。ありがとう」
やわらかな声で礼を言えば、春は再び頷き、照れくさそうに鼻をかいてそのままぱたぱたと駆けて行ってしまった。
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