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「じゃー僕はそろそろ今日のパドッククラブの招待客のお出迎えに向かうよ」
「ジョシュアが案内役? 広報のルナが担当じゃないのか?」
「あぁ。VIP達はもちろんルナが。僕のエスコート相手は特殊だからね」
「特殊って?」
招待客のエスコート役は基本は広報担当者がするはずだが、何か事情があるらしいジョシュアの話を聞いていると、ジョシュアはすっとマシンを指差した。
「マシン?」
「ん~惜しい。ハーネスだよ」
「AKAMAの?」
「そう、俺が担当するのはそのハーネスを設計した設計士」
「だから広報じゃなくてクルーが案内か」
「そう、基本ほとんどが仕事の話になるんじゃないかな? どうせ普段しない仕事をさせられるなら相手はキュートな女性がよかったよ」
「残念だったな」
おどけるジョシュアに軽く手を振り、俺はレース前の腹ごなしにパドック裏へと向かった。
食事を終え、ピット内に向かおうと裏口から入るとマシンの前に日本人が2人とジョシュア、更にはクルーが何人か集まっていた。
しゃがみ込むようにハーネスに触れる、茶色い緩やかなウェーブの長い髪に黒のパンツスーツ姿の日本人。
隣にはそれを優しく見守るように見つめる短髪のスーツ姿の男。
ハーネスの設計者だとわかり近寄った。
俺の視線に気付いたのか、顔をあげた日本人の女の瞳は何故か潤んでいた。
それよりもその女に見覚えがあった。
俺の中で決して忘れることの出来ない相手だと気づくのに時間はほとんどかからなかった。
「あんたがこれを?」
気付いた時には口は勝手に目の前の相手に話しかけていた。
「――はい、そうです。設計を担当させて頂きました一ノ瀬咲夢(いちのせ さくら)です」
「そう」
それだけ確認できれば十分だった。
俺はそのまま背を向けて、来た道を引き返してパドック裏へと戻った。
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