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テントの中に戻り、一番近くにあった椅子に腰を下ろし、冷静になる為に辺りを見渡した。
白いテント、見慣れたクルー、何度か見たことのある招待客。
各国で開かれるいつもの大会とさして変わらない光景。
なのに、今の自分の心臓はレース中以上の心拍を刻んでいるに違いない。
ジョシュアが案内をしている一ノ瀬咲夢。
彼女があのハーネスを設計したんだと思うだけで、俺の心臓は当分大人しく静かな脈を刻む事はないかもしれない。
「蒼士? どうかしたのか?」
「いや、なんでもない」
「あの設計士知り合いか?」
「知り合い……そう思ってるのは俺だけだろう」
彼女の態度は俺を覚えていなかった。
覚えているならきっと名前を呼ぶなり、反応するなり、なにかアクションがあったはずだ。
「なんだ? 意味ありげだな?」
「ははは、くだらない話しになる」
「レースまでまだ時間もある、たまにはいいんじゃない? 生産性のない話しもさ」
そう言って微笑みながら炭酸水を差し出すジョシュアから瓶を受け取りテントから見える真っ青な空を仰いだ。
彼女に初めて会ったのはもう何年前の事だろうか?
F1世界5大陸選手権日本大会決勝。
レースをするには眩しすぎるほどの晴天を見上げて、懐かしい記憶を辿った。
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