【冷め行く夜の気配】

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  「……ええ。ひとつだけ。」 「何で持ってる。」 「今回、九州弾圧の筆頭を勤めた毛利隆元が、自分の家では持ちきれないからと…諸大名に振る舞っていると聞きました。」 「断らなかったのか、誰も。」 「其の武具には【力】がある。時に所持者の意志を支配、或いは増長する事がある様なのです。下手に残して、価値の解らぬ浪人の手に渡るよりは…と云うのが、我々の判断でした。」 「何故、そんな物を捨てずに持っている。」 秀吉が訊ねる。 「…捨てられないのですよ。」 「捨てられない?」 「でなければ、九州摩天楼が焼き払われた際に、共に焼き捨てた筈です。」 「……。」 再び、秀吉は押し黙る。 利休が向かいで大きな溜め息を吐いた。 「馬鹿共が…。そんで手前ぇは、何持ってる。高山。」 「はい。此の聖書です。」 高山は傍らに忍ばせていた書物を、そっと膝の上に置いた。 予め其の様に製本されたのか、件の力が働いているのか、聖書は深い闇の様な色に覆われている。 【黒】だ。 一等にこの色を好む男は、直ぐ様に言い切った。 「…紛い物(もん)だな、此の黒は。」  
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