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肩を寄せ合うようにして歩くティルアとレンは街中で様々に囃し立てられた。
市街の店を回りながら、見上げるレンの表情はいつもよりもずっと男らしく見えた。
何も変わらない日常に変化を感じるようになったことは、ティルアの中で禁忌を開いてしまったような感覚を呼び起こす。
その原因にティルアは心当たりがあった。
アスティスとキスをしてから――それから、どこかうまく言えない部分で変化が起こり始めていた。
今まで何も感じなかったことに意識するようになった。
それはティルアが女性としての感覚を覚え始めていることを意味している。
買い物を一通り終え、両手いっぱいの紙袋に詰め込まれた食材を抱えるレンの足が止まった。
住宅街。
家が立並ぶ区域にただ一ヶ所、ぽっかりと穴が開く荒れ地が広がっていた。
「……まだ土地の買い手は見付からないのか」
その場所にはかつて、レンが家族と住んでいた家があった。
ある凄惨な事件が起こるまではレンはずっと家族と暮らしていた。
ラズベリアを震撼させる殺人鬼。
商店や住宅を無差別に襲い、略奪し、多くの命を屠(ほふ)った犯人は、レンの父親だった。
幼いレンが最後に見た両親の姿は、レンの喉笛に刃を突きつけ、追っ手から逃げ惑う姿だった。
そしてレンの両親は街の自警団と城の騎士の手によってレンの目の前で殺された。
「レンが買ったらいいじゃない。
いつか、……遠いいつか。
レンが自分の家名を名乗れるようになったらでも」
「ばーか、そんな時が来るかっての」
「来ると思うから言ってるの。
……それこそ、レンが結婚して子を授かるとかね」
「ティルア」
レンは紙袋いっぱいの食材を片手に寄せ、空いた手でティルアの顎に手をかけた。
「レン……?」
無防備な赤い唇とくれないの瞳に吸い込まれるようにして、レンの赤髪がティルアの視界を覆った。
ぶっきらぼうに寄せられたレンの唇は熱く、密着した時間はほんの一瞬のこと。
「……ガードが甘いんだよ、馬鹿。
少しは嫌がれ」
すぐにふいっとティルアの前を歩き出したレンの耳が赤い。
「……っ、――――」
ティルアは唇に指先を走らせる。
背徳心と心をときめかせる何かが入り交じる。
「考えてはだめ……」
顔を真横に振りながら、ティルアは自分に言い聞かせるように発した。
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