第8夜 街行く孤児院の光の下で

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 * * * *  昼鐘が時の訪れを刻む。  材料の買い出しにと、そっと船を抜け出したティルアとレンの二人は街に出た。  ギルバードは子供達の話が聞きたいと船に残った。  今日も暖かな陽射しがラズベリアを包む。  花売りの娘達も、街中の人々の表情も明るい。 「ギルバードはいい奴だな」  歩きすがらに掛けられたレンからのこの言葉にティルアは苦笑した。 「たぶんそれ、レンにだけかもしれない」 「ん? どういうことだ?」 「ううん、気にしないで」  髪が耳元に掛かったことで、ティルアは風に遊ぶ髪を耳にかけた。  淡い黄のドレスの裾が歩く度にふわっと揺れる。  ドレスに合わせて詰め物をした胸元。  レンは隣を歩くティルアから目が離せずにいた。 「三年前に戻ったみたいだな……ティルア」 「あ、ああ、この服装のことか。  確かにそうだな、外見だけ見れば……あ、外見だけは女性に見えるわね」 「口調はかなりあやしいけどな」 「いいのよ、どうせ今日限りだし。  マークが喜んでくれた、それだけでこの姿になった価値はあったわ」  買い物籠を手に歩くティルアの手を、レンの手がそっと包み込んだ。 「! ……レン」 「ギルバードから聞いた。  今日は施設の母親役なんだろう?  俺が父親役……夫婦なんだから手ぐらい握るだろ」 「そ、そうね。  ふ、夫婦だもんね……で、でもなんだか恥ずかしいな」 「何を今更恥じらってるんだよ。  ユリア姫とは手ぐらい繋ぐだろ?」  思い出し、ティルアは固まる。  ユリアと手を繋ぐことはある。  けれどそれはそこまでの緊張と胸の高鳴りを覚えるものではなかったことに。 「……うん、これは女装しているから悪いんだ。  自分が今、女の姿だと意識してしまうから悪いんだ。  僕は本来男として生活している。  大丈夫、今日だけ……なんか今ドキドキしてるのも気のせいだ!」  雑念を振り払うようにそう独り言を言って握った手と逆側の拳を握りしめた。 「! ドキドキ?  ティルア、今、ドキドキしてるのか?」 「…………えっ?」  予想外の言葉がすぐ隣からかかったことで驚いたティルアはレンの方を振り向いた。 「よ、よし、行くぞ」  ラズベリア特産の花のように顔を赤くしたレンはティルアの肩に腕を回した。  いつもと変わらないはずの日常にティルアはどこか変化の訪れを感じ始めた。
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