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* * * *
昼鐘が鳴り響く。
いつもそうしているように、ティルアはユリアの手を引いてメインキャッスルに寄せられているアンゼリカ公国の馬車前まで送った。
「ユリア……楽しかった。
また来てほしい」
「……ティルア様」
普段強気に振る舞うユリアの表情が崩れた。
切なく歪められたユリアの潤んだ睫毛がすうっと閉じられる。
「……ユ、ユリア――」
すぐさまその意味にティルアが気付くも、カアッと熱くなる身体は思うようにうまく動かない。
そうっと近付き、ユリアの両肩へと手を置いたティルアは心拍数を上げながらぎゅっと目を瞑り、ユリアの赤い唇へと顔を近付けようとするも――
「これは随分と酷いな」
すぐ隣から掛かった声によりティルアはピタッと動きを止めた。
腕を組みながら尊大な態度でじっと見下ろしてくる者は、もちろんギルバードだった。
「なっ……何でそんなことを言うんだ!
こ、こっちはな、初めてですっっごく緊張しているんだ!!
そんな言い方はないだろう!!」
ユリアからそっと肩を外したティルアは余裕にほくそ笑むギルバードを睨んだ。
「ティルア王子はこの先も王子として通すつもりでいるのなら、多少なりとも慣れておいた方がいい。
そっちの姫が恥をかかぬためにもな。
端から見ていて滑稽だ」
「――――――っ!」
カッとなったティルアがギルバードに腕を振り下ろそうとした瞬間、ティルアより先に前に躍り出たユリアがギルバードの頬をひっぱたいていた。
「もうお黙りになって!
貴方は何も知らないくせに……!
わたくし達のことなど何も分かっていないくせにっ――!!」
紫の瞳から大粒の涙を零しながら、ユリアはそそくさと逃げるようにして馬車に乗り上げてしまった。
「ユリア、ユリア……!」
ティルアの叫びも虚しく、馬車はユリアを乗せてあっという間にラズベリア城を離れていってしまった。
後に残るは静寂ばかり。
「……女はどうしてこうも感情的になるんだ」
「ギル、……確かに僕はこういうことに慣れていない。
そのことでユリアを傷付けてしまっていることも分かっている。
彼女がゆっくりでいいからと言ってくれていることに安心して、僕は甘えていたのかもしれないな……」
ギルバードは無言のままだった。
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