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着替えを済ませ、扉を開けるといい匂いが漂ってくる。
どうやら朝食の準備ができているらしい。
この城の主たる魔王は何も話さず、男を追い返すこともしなかった。
男はまだ、魔王の名前さえ知らない。
日に日に胸は締め付けられ、触れたいのに触れられない。
もどかしさだけが募って男は悶える。
悩んでいても仕方がないので男は階下へ降りた。
立派な食堂があるにもかかわらず、魔王は厨房で食事を済ますことが多い。
そこから城の手入れや転送魔方陣を使ってどこかへ出かけることが多かった。
其れゆえに男が魔王に逢える時間は限られている。
逢えば動揺してまともに顔も見ることさえできないのに…不思議なものである。
自分は厨房で済ます癖に、魔王は律儀にも食堂の上座に男の食事を置く。
一緒に食事をすることを避けられているような気がした。
嘗て王家の人間が使っていたであろう食堂は食器も銀製で豪華なものだった。
机も異様に長く、反対側に人がいたならば顔を見ることはできないであろう。
だから男は食事を持って魔王のいる厨房で椅子に座って食べることが多くなった。
魔王はただ黙々と自らが焼いたパンを頬張り目玉焼きを食べていた。
食事が終わると流しに食器を置いて部屋を退出する。
男は剣や魔法ばかりしていたので皿の洗い方を知らない。
だから魔王の真似をして流しに皿を置くにとどまった。
そうしていればいつの間にか魔王が皿を洗ってくれているのを知っているからだ。
本当に魔王らしくない。
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