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小鳥が囀る音、春の穏やかな風が顔に当たっているのに気付き、黒髪の青年…鬼灯拓也はその目を覚ました。
ゆったりと開かれた瞼の向こうから露になる闇夜のように黒い瞳に映るのは…生い茂る木々に背の高い草。
「ここどこだ?一見林の中みたいだけど…。」
あの魔法陣によって飛ばされた場所はどうやら林の中。
落ち着いた雰囲気の一帯に…木々の葉の間から眩い光が差し込み、中々に幻想的な光景が広がっていた。
「とりあえず移動して状況を確認するか…。あれ?」
動こうとしても指先の一本も動かない。
そういえば…何故か全身を包んでいる感覚は重苦しく冷やかな感覚。目を覚ました直後で若干もやがかかったように思考が纏まらない頭を整理しながら首を回して自身の置かれた状況の把握に努めた彼は…数秒と経たずに自分の体の首から下が土の中に埋まっていることに気が付いた。
「じーさんめ……飛ばす場所間違えたな。」
傍から見れば地面から生首が生えているという言うような光景。子供が見れば失禁間違いなしだ。
そして彼が何よりも赦せなかったのは……。
「首から下隠したら俺なんてただのフツメンやんけェぇおぉん!!?!?」
やり場のない激情を声にして叫んでも…誰の返事もない。とりあえず…この状況から脱するかと考え始めた時だった。
『鬼灯君、聞こえているかね』
拓也の頭の中に、いきなりじーさんの声が響いた。
拓也はこの技術を知っている。念話という魔法とは異なる技術。
『はい、聞えてますよ』
ひとまずは土に埋まったまま適当に返事しつつ…彼はとりあえずの疑問を口にした。
『えっと…、何で土の中なんですか?』
『すまん。ちょっとミスった』
最高神ともあろうものが何をやっているんだと頭へ手を槍たくなったが残念ながら土の中にあるせいでそれは叶わない。代わりにため息を吐いた拓也は、爺にドジっ子属性とか誰得だよ…などとぼやいてから続けた。
『こっちで対応するんで大丈夫です。それで何の用ですか?』
『あぁ、君に護衛対象の名前を教えるのを忘れておっての』
よくよく考えれば……確かに修行中も一度も聞いたことが無かったな…と、俺もドジっ子じゃねぇかなどとぼやいた彼は内心でそんな価値のない属性が自分に付加されてしまったことにショックを受け打ちひしがれる。
『名前はミシェル=ヴァロアじゃ、君を飛ばした近くにいる筈じゃから探してみてくれ。』
『わかりましたではまた』
『あぁ、では頑張ってくれ』
短く締め括ったじーさんのその言葉を最後に念話は途絶えた。
「…………ん?ミシェル…って……多分だけど女性名だよな?
……いやまぁゴリゴリのむさくるしい野郎よりはマシか。さって…とりあえずここから移動しますかね。」
まさに彼が地の中から這い出そうとしたその時であった。
「お頭~、なんか変なのが埋まってるんですけど~」
背の高い草をが揺れたかと思えば…その向こうから殺傷力の高そうなこん棒に毛皮装備という如何にもな賊が現れたのだった。
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