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今思うとそこまで好きではなかったのかもしれない。
よく女性アーティストが歌っている、あの気持ちはよくわからなくて、だけどわかるフリをしていた。
「なあ美羽明日ひま?」
もうすっかり寒いのに、この街では雪の気配などこれっぽっちもない。
「んー、明日ゆっくりしたいから無理。」
毎週週末になると、あたしは1時間かけてこの街へ来る。
そして決まってこの店のこの席で、彼と決まったメニューを頼む。
「なんだよそれ暇だろ。新しいギター探したいんだ、付き合ってよ。」
雄大は椅子の横に立て掛けていた黒くて長細いケースを手に取り、嬉しそうに、でも名残惜しそうにそれを見つめた。
「それは?」
あたしはオレンジジュースのストローをくわえたまま、そのケースに視線を向ける。
「これよりいいやつ買うんだよ。バイト代やっと貯まったんだ!来月大事なライブあるし、ちょうどいいだろ。」
「しょーがないな。夕方ね。」
雄大は満足げにはにかむ。
茶色くてツンツンした髪とは対照的に、彼の笑顔は幼い。
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