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「春樹お帰りなさい」
あたしは母親に名前を呼ばれたことが無い。
そう言うと周りは頭が可笑しいのかと笑う、もしくは怪しむ。だが、事実だ。
母は周りが笑うとおり頭がおかしかった。イカれていた。病気だった。
あたしの存在を消してしまっていた。あたしが産まれたとき、彼女は絶望していたらしい。それは一族や父親の態度、そして、共犯者となったあたしの本当の父親に。
それなのにお腹は大きくなる。そして、あたしは産まれた。彼女はあたしが産まれた事実を記憶から消し兄さんだけを認めた。
目の前の子供が金髪だろうと春樹と呼び、あたしの名前は春樹なんだと勘違いしそうになるほど。
母とあたし、後はお手伝いの人しかいなかったからあたしを名前で呼ぶ人間はいなかった。本当の名前を知ったのは小学生になった時だ。北一夏。
それが、あたしの名前らしい。
「春樹、今日母さん調子が良いからおやつは庭で食べましょう」
「うん。いいよ」
母は車椅子をくるりと回し庭に出た。庭にはお手伝いが世話をしている花が咲き乱れていた。春は様々な花が咲く。
母は花を見て喜ぶが、あたしには分からなかった。
春は面倒くさい時期だ。中学生になって制服というものができた。もちろん男子の制服を着ていれば教師は怒る。その度にあたしは素直に説明した。そのあとの教師達の目は異質なものを見る目だった。
それは一族と何らかわりもない。
あたしは異質だ。
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