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「コンパイル・エラー?」
独り言だったはずの一言は、どうやら西塔先生にも聞こえたらしい。
「いえ。なんでもありません。なんか幻聴とかそういうのって、頭にエラーメッセージが出てるみたいだなって」
「ある意味、そんなものよ。会話は普通にできているし、耳に異常は無さそうね。たぶん精神的なものだと思います。一応、薬は出しておきますから」
僕は小さくお礼を言って立ち上がる。丸椅子がまたギシギシと鳴って、狭い空間に響いた。
「そういえば、今も聞こえているの?」
診察室のドアを開けて出ようとする僕に、たった今思い出したように西塔先生は僕に尋ねた。
幻聴のことだと理解して、少し耳を澄ませる。しかし耳の奥から聞こえてくるものは何もなかった。
そういえば、幻聴は聞こえるときと聞こえないときがある。それを伝えるべきかどうか迷ったが、伝えずに「今は大丈夫です」とだけ答えて退出した。
幻聴なんて、ずっと聞こえるようなものではない。常に聞こえていたら、それこそ重症だ。そういう意識が僕の中にはあった。
病院の外にはハルカがいた。自動車が一台だけ置かれた駐車場で、彼女はじいっと自分の影を見ている。
「わざわざ来たの?」
病院の場所をきいただけで来るなんてこと、普通はしない。
僕が声をかけると、子供のようにぱぁと微笑む。僕の名前を呼びながら近づいてくる彼女の右手に白い包帯が巻かれていて、手の甲のほうが赤く滲んでいた。
「それ、怪我したの?」
「えへへ、昨日あのあと転んじゃって」
ハルカは恥ずかしそうに、両手を体の後ろに隠した。
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