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「…そう言えば、数日前にもこんなシーンあったな」
「え?」
「忘年会の帰り。酔っぱらって人にぶつかりそうになった麻弥を、こうして抱き止めた」
先生は、腕の中に抱いた私の顔を覗き込みニヤリと笑う。
「そう言えば…そうでした。あの時は、先生が変な事を言うから逃げたくなって…」
「変な事?…俺、なんか言ったか?」
…あ、そうじゃないか。
ただ、二次会に行く集団の中に私の姿が無かったから「気になって引き返した」って、言われただけだった。
でも、あの時の私にとってその言葉は、秘かなトキメキと同時に大きな痛みを与えた。だから、彼の視線から逃げ出した。
…杏奈さんを、彼女だと思っていたから。
まさか、こんな関係になるなんて…。
「言ったような…言ってないような…よく考えたら、言って無いですね。私、酔ってたんであまり覚えてないです」
ゆっくりと顔を上げ、誤魔化すように軽く笑って見せた。
「何だよそれ。意味わからん。…それより、歩けそうなのか?」
先生は呆れた笑みを浮かべた後、落とした視線を私の足に置いた。
「あ、そう言えば、立ち上がってしまったら大丈夫みたい。立ったり座ったりする動作が痛いのかも」
私は両手で自分のヒップを撫でながら言う。
「まあ、足台二段からの転落なら大丈夫だろ」
「そんなに軽く言わないで。もしかして、尾骨折れてるかも」
「尾骨なんてシッポの名残で不要な骨。骨折したって結局そのまま放置なんだ。心配ない。日にち薬、日にち薬」
わざとらしく眉間にしわを寄せる私にそう言って、先生はフッと鼻先で笑った。
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