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三月二十日の夕方五時前。空には雪雲が湧いている。天候は今にも崩れそうであった。
不知火孝二は、倉庫の中で骨董品を愛でていた。それが、彼の日課である。今日も朝から倉庫に籠り、骨董品の埃を払っている。
倉庫は、買い取った骨董品を並べる為だけに作った。出来上がって二十年になる。
左右の壁側には、大きな棚がある。三段に分かれた棚には長年集めてきた掛軸や壺が納められていた。
彼は、物をこよなく愛している。恐らく、自分よりも身内よりも、他人よりも。
「物は、静かでいい」
壺を、手袋をした手で撫で回し、綺麗な布地で包み込む。時価数十万という江戸時代の代物を丁寧に箱にいれる。
「人間もそうであるべき。あれも、なぜ理解しないものか」
不知火が、壺入れた箱を棚に載せようと立ち上がる。
風通しよくするために開かれた扉から、影はすっと伸びた。既に沈みかけの陽射しも入り込む。
不知火は、待ちわびた骨董品の到着に顔を緩めて振り替える。
「な、あれはどうした! なぜ貴様がいる!」
不知火は見せた表情を一転させ、怒鳴る。
全く別の、殺意の形相が、雨合羽から覗いていたのだろう。影も初めてみる表情だ。
影は、用意した凶器を手に不知火の腹部に飛び込んだ。
不知火の苦悶の声。
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