一章 雲行き怪しく、春まだ、遠く

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「せっかくのパーティがどうしてこうなった?」 赤石圭吾は、不知火の遺体を前に怒鳴った。怒鳴っても仕方ないことは解っていたが、怒鳴らずにはいられなかったのだ。 殺人事件を解決し、三ヶ月ぶりにやっともらった六連休がなくなった。消失したと言っても良い。 N県警の刑事として仕事が恋人の赤石も、流石に堪えていたのだ。以前の事件も休暇前だ。少し解放させてくれと思っていた矢先にこれだ。こうも立て続けに事件が続くと滅入る。 なんだか、「付き合わないなら自殺しちゃうから」的なヤンデレ娘に愛されているようだ。病んで闇に堕ちた娘が、手招きしている。容姿だけはすこぶる可愛らしい。服もゴスロリ系のワンピースだ。色は赤を強調している。美しさを秘めた黒い瞳に髪の毛。そんな娘が、艶かしい指先を倒れた不知火の上で揺らしている。口許も御丁寧に微笑みを浮かべているのだ。幻想であるとはいえ、自分でも心が歪んで荒んでいるのだと気味悪くなる。 それは幸せ過ぎるのか、はたまた束縛を幸せと勘違いして生きているのか。少なくとも死神に抱きつかれるよりはましかと、遺体を見た。 殺された不知火孝二は、今年で五十八歳になる。見事な着物は血液に染まっていた。血液は黒い。遺体になって出血も止まらなかったようだ。床に溢れていた。夏ではないので臭いはない。それでも放置は危険であった。
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