一章 雲行き怪しく、春まだ、遠く

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赤石は、視線を倉庫に巡らせる。壺やら掛け軸やら、高貴な茶碗が視界にはいっているが、骨董品などはなっから興味はない。骨董品の価値を見分けるには芸術を知らなければならないような気がする。その芸術を語るには歴史を見抜く力が必要不可欠であるとテレビで鑑定士が言っていた。贋作を当てる鋭い眼差し。鑑定士の前におかれた作者不明の陶器。粘土を捏ねて、窯で焼いたもの。連想ゲームを展開するときりがない。その上、視界に割り込んでくる遺体。とりわけ、鑑定を待っている陶器に見えてくる。 無駄な雑念を持ちながら探しているのは、犯人の手掛かりだった。 現場でやることなど決まっている。だいたい、刑事が事件に関わることは普通の光景でしかない。普通の日常だと言い聞かせる。 赤石は、くだらない会話をしながら容疑者にあだ名をつけて調査する相馬警部を思い出すに留めた。彼は、家族旅行で国内に居ない。相馬警部と事件に巻き込まれる自分のその差。絶対、幸せのベクトルは他人に向いている。休暇が終わったら、相馬警部の茶碗に緑茶を淹れてやれと、胸中で毒づく。相馬警部は玄米茶しかのまないのだ。緑茶を淹れるだけでも嫌がらせになる。居残り捜査員と結託して、一度はやってやろう。
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