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星の、満月の輝きに、夜の静けさに、懐かしさを覚える。
胸にそそり立った、白銀の杭を握る両の手に、熱を憶える。
冷たい夜の闇も、月の静かな光も、朽ちかけたその躯を溶かし落とす程の烈しさを持ったこの熱を、冷ましてはくれない。
熱の根源を……今なお痛みを発する胸を、彼女はその真紅の瞳で凝視する。
遥か昔の、当時としては新鋭の攻城兵器によってバラバラに朽ちて、今は無残な屍を晒す石造りの城郭。陽の光を拒むように造られたその部屋……城の最奥の謁見の間だったと思われるそこには、今や命あるものを受け入れる余地(スペース)などどこにもない。
せいぜい、嘗てこの城が人の立ち入りを拒むような場所だったのをいい事に、勝手に住み着いた人ならざる者……異形の皇女だったものの哀れな残骸が、やたら整った赤絨毯の上に大の字になって斃れているだけだ。
今尚胸の中心部分、銀の杭が深く打たれた場所から少しずつ、生の証が滲み出る。溢れ出た紅は今尚瑞々しさを保ち続ける体表面を伝って絨毯に流れ、悉く染み込まれて消えゆく。滑らかな手触りのこの杭をまっすぐぶっこ抜けば、紅色の生の証はそれこそ間欠泉のごとく垂直に吹き出すだろう。
ほんの数ミリ急所である心臓を外れていたのは幸いというべきか、それとも災いというべきか。
この杭が、自分を、この冷たい地に打ち付け、縛り付けている。目の前の忌々しいそれに唇を噛みながら、皇女はあの時の事を少しずつ、想い出していた。
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