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可笑しな話だ。人の世は他の命を犠牲にする事で成り立っていると人は言う。
自分達とその営みは何ら変わらない癖に、人の命を啜って生きる自分達の行いを彼等は狂ったように非難し、自分達を血に飢えた悪魔と罵り、己の悪を棚に上げ、薄っぺらい正義の御旗を掲げて殺しにかかる。
だが、そんな者達に待っていた運命はほぼ例外なく、その牙にかかって無残に死ぬるか、生ける屍となってこの世を彷徨うか、はたまたホンの僅かな勇気すら立ち所に萎えて惨めに尻尾を巻いて逃げ帰るか、そのいずれかだ。
それが彼女は面白かった。自分達を秩序を乱すものとして忌み嫌い、無知で傲慢で利己的な人間が、いざ自分の力が及ばない存在と対峙した時の無様な様相といったらない。
だからこそ、彼女はそんな“彼”に惹かれたのだろう。今までの者とは質がまるごと違う存在に、興を抱いたのだろう。
眼に宿るのは狂気。その身を動かしているのは嗜虐心。人でありながら自ら人を捨てた存在。
ワインやウイスキーと同じ感覚でガブガブとあらゆる赤に呑んだくれた、限りなく自分と同じようで自分と違う存在……それが彼女の青年に対する第一印象だ。
…………何故、彼は今尚人であり続けるのだろう。
あの時の自分はそんな事を考えた。
勿論、そんな彼女の想いを彼の青年が解する術はない。人の理屈が人と異なるものに通用する理由などないし、無論、逆も然りだ。
何より彼は自分を斃す為だけに、わざわざ明るい人里からこんな薄暗い辺境の古城にまでやってきたのだ。
理由までは分からないが、それを解しそこにある過ちを……人の愚かさを彼女が糾したところで、その言を解する術などあるはずもないのだ…………人面獣心のこの狩人には。
ならば、力づく。
それも悪くないと思ったから、それも面白いと思ったから、彼女は狩人と対峙した。
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