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その日は突然訪れた。
「また、バイト辞めたんだってな」
玄関で仁王立ちして待ってくれていた
石田衛は大層不機嫌で目を細める様は、
可愛そうな兎を狩るライオン。
「違うって!!向こうから辞めてくれって
言われたんだよ!!」
小動物がどんな言い訳を並べても、
結局は脳天から重い拳骨を食らわせ
涙目になる俺に更なる追い討ちをかける。
「俺がこの世で一番嫌いな者は、何の苦労も
知らない癖に悠々と生きるニート、
つまりお前だ!!」
「そ、それは前も聞いたって」
「なら話は早い!!今すぐ出ていけ!!
アルバイトでも見つけるまで帰って
来るな!!」
俺の荷物が入っているであろう衛の鞄と
一緒に玄関先へ捨てられた可愛そうな兎は、
人一倍都会の恐ろしさを知っているので
頼りにしている弟の海二を呼び出し、
その日は世話になる事にした。
「また追い出されましたか?」
「仕方ないだろ?辞めた理由聞いて
くれないし、俺も言いたくない……」
車の中でも隣で紙切れを見ながら何処かに
電話をしたりする海二は双子とは思えぬ
驚異の頭脳で会社を設立、今や石田と並ぶ
大手企業のトップを勤めている。
「だったら早く私の会社に来れば良い。
会社の中に美容室があっても悪くはないし、
寧ろ、会議や商談前に気軽に行ければ
イメージアップにも繋がる」
「それって永久職のお誘いですか?」
「近いだろうね。私の会社には野蛮な
奴は居ないし、間違っても毎度クビになる
理由で辞めさせられる心配もない」
「でもさ、それって……」
自分で苦労する事になるのか?
「何だ、言いたい事があるならきちんと話せ」
「いや、別に……。何処かにニートでも
良いよって言ってくれる素敵なお人が
いないかなって思っただけ」
ライオンに崖底まで落とされた兎は、
這い上がるだけでも相当勇気がいるんです。
上でちゃんと待っててくれているか、
今度は少しでも話を聞いてくれるだろうか、
また笑いかけてくれるだろうか、
また一緒に暮らしてくれるだろうか……。
気が気じゃないのに、それでもトラや
ウマさんがいつ自分に牙を向けてくるか
怯え、それでも大丈夫だと自分に言い
聞かせながら、また職を探しては、
失わないように必死になるのです。
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