第七章 嘆きの海に潜む影

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  結局、子供の涙に勝てる大人などいないのだ。 そんな言い訳を胸に、ヒロユキは護身用に隠し持っていた神刀ジークフリートを抜いて、れんげに持たせてみた上で伝説の戦士とかヒロユキが異世界人である事ととかを上手く伏せて話せる事だけ話した。 「本当に不思議ですね、この刀、こんなに重たいのに地面に置いても凹みもしないなんて」 「なんか古代人の呪いらしいよ、選ばれた者なのだ!この俺様は!」 「やっと合点が行ったワケですよ。失礼ながらヒロユキさん、コー姉以上にヒョロヒョロなのにオーガ倒したなんて言うんですもん」 「ひょ……ヒョロヒョロって……」 「あー、えーと、けなしているワケではなくてですね。そう!褒めてるワケですよ!これでも!」 「でも社長には内緒な」 「えー……せっかく、良い人材が見つかったと思ったのにー」 やっぱりか、とヒロユキはれんげを目を細めて見る。 つまりこの子は高杉社長が付けた所謂お目付け役なのだ。監視員でもいいかも知れない。 この子からの好意と思っていたのは、実はヒロユキ達を欺く演技だったのだ。 すっかり人間不信に陥ってしまったヒロユキは、もうそんな事を考え始めていた。 「ついでに俺達の目的を包み隠さず言うぞ?例の書物の売却と日頃の疲れを癒やす為にバカンスに来た、ただそんだけ」 「あの譲っていただいた書物にもありましたね、神器の話……ヒロユキさんたちはその神器のオーブを探して旅をしているワケですね、立派です!」 なーに勝手に盛り上がっちゃってんだこの子は?とヒロユキは変に疑われるのも感に触るので正直に答える。 「興味無いですそんなの」 「え?」 「だから、興味全くないです。世界平和とか?魔帝とか?本当に全く興味ないです」 「えぇ……」 「ぶっちゃけ、こんなの押し付けられて迷惑しとるんですよ、実際ね?俺はね、れんげさん、自己犠牲の精神とか全く無い人間なの」 「は、はあ……」 「世界平和の為に命を張るとか?そういうの他の誰かがやればいいんだよ、こっちはやる気無いの、ゼロなの。俺はただ平和に暮らしていたいだけなの、戦いとか嫌いなの」 「こ、ここまで言われるといっそ清々しいですね」 愚痴っぽくブツブツ話すヒロユキに、一応、苦笑いで返すれんげだったが酷く疲れた様子だった。 「あ、でも一つ目的はあったな」 「えっ?それは、なんですか?是非、聞かせて下さい!」 「コーネリアだよ」 「コーネリアさんが……ですか?」 「あいつを一人前にしてナントカって会社のツヴァイサーにしてやりたいんだ、俺」 「それは、どうしてですか?」 れんげが小首を傾げるのを見て、ヒロユキは鼻で大きくひと呼吸を入れて、 「恩……かな」 「恩返しですか」 「うん、だから、今、コーネリアにしてるのが修行じゃなくて嫌がらせだとしたら、ちょっと本社行って暴れるかも知れないぜ?」 「やめてください!きちんと科学的に強くなるようにトレーニングメニュー組んでます!みくびらないで欲しいワケですよ!」 「んじゃ、それだけは信じてやるよ」 ぶっきらぼうにそう言って、ヒロユキは寝転んでれんげに背を向けた。 「なんか、怒っていませんか?」 「別に。何もしないから俺達の事はもう放っておいてくれないか?」 「どうして?」 「もう目的は果たしたろ?俺達は本当に何も企んでないし、魔族の手先でもない。あ、元犯罪者を匿ってはいるけどな」 「あたしはそんなつもりで……」 「じゃあ、どんなつもりで探りなんて入れてんだよ、君は?高杉コンツェルンに不都合になるような事はしないっての」 一応、建前上だけかも知れないが、高杉直人はヒロユキを友達だと言ってくれている。 ヒロユキはそんなヤツを裏切れるような人間ではない。 だけど、向こうはそんな事は思っていなくて、れんげのような監視役を付けたのだとしたら、それはとても悲しい事なのだ。 大人なので感情を押し殺してどうでも良さそうに言ってはいるが、ヒロユキはとても悲しいのだ。  
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