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そう。全く記憶が無い…っていうのとも、ちょっと違うような気がする。
ほら!今、考えた「全く記憶がないっていうのとも、ちょっと違う」っていう比較自体が、知識だけの思考だったら絶対に成立しない思考だもの。
何か…ないかな。自分が、覚えている…記憶として持っている何か。
彼は、目を閉じて自分の内側にあるものを必死に引きずりだそうと試みる。
そして、今更ではあるが、経験を伴う記憶というものを呼び出すために、最も重要なキーワードがあるということに気づいた。そう…自分の「名前」だ。
知識としてではなく、生まれてから何度も呼ばれたそれは…経験を伴うハズだ。
しかし、額に汗が噴き出すほどに長考した彼の口から出た言葉…それは…
「…えっと…俺…誰?」
空はどこまでも深く青く、周りの景色はそれと対極的に【破壊】で混沌とした色に塗り尽くされている。
風はそよぐ程度で、肌寒くもなく、ただし、体にまとったベットリとした液体に埃や煤が付着していて決して爽快とはいえず、でも頭だけは妙にスッキリと冴えている。
「で?…だから、俺…誰?」
彼の声は、滑稽なほどに空しく、そよぐ風に乗って瓦礫の山に吸い込まれていった。
・・・
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